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自分がプレシアの娘の紛い物であり、母親から全く愛されていなかったことを知らされ、フェイトが放心状態で崩れ落ちる。それをアルフが抱きとめ、慌てて医務室へと運んでいく。 アースラブリッジは、一気に騒然となる。 時の庭園から膨大な次元エネルギーが放射されている。このままでは大規模な次元震が起きるのは時間の問題だ。 さらに庭園内には八十体以上の傀儡兵が出現し、送り込んだ部隊を足止めしていた。 「僕が行きます」 「クロノ、その体じゃ無理よ」 「部隊の指揮くらいなら執れます。行かせてください」 クロノは強い決意を込めて言った。とても止められそうな雰囲気ではない。 「わかりました。出撃を許可します。ただし無茶をしたら駄目ですよ」 クロノが頷き、時の庭園へと転送されていく。 「私たちも行かせてください」 「かたなし君を助けないと」 なのはとぽぷらが名乗りを上げる。魔力は回復してもらったが、疲労や負荷は残っている。万全の状態には程遠い。 「エイミィ。彼女たちを投入した場合の作戦成功率は?」 「好意的に見積もっても二十パーセントもありません」 「駄目です。そんな危険な作戦に、あなたたちを投入するわけにはいきません」 リンディは首を振る。 クロノの弱体化がここでも影響していた。本来のクロノならば一部隊に匹敵する働きができるのに。 「せめて、後一部隊あれば……」 「何とかなるかもしれません」 発言したのはユーノだった。 「どういうこと?」 ユーノは空中にワグナリア近辺の地図と、ジュエルシードが発見された位置を投影する。 「前から疑問に思っていたんです。どうしてジュエルシードはワグナリアに引き寄せられたのか」 「それは小鳥遊さんに引き寄せられたって……」 「それだと辻褄が合わないんです」 夏休みの今、小鳥遊が一番長い時間過ごす場所は自宅だ。なのに、小鳥遊家に引き寄せられているジュエルシードはない。 「つまりワグナリアには小鳥遊さん以外にも引き寄せる要因があったんです」 「あっ」 ぽぷらがあることを思い出した。ユーノが頷く。 「確証はありませんし、かなりの危険を伴います。でも、鍵はワグナリアにいます」 ユーノは地図上のワグナリアを指差した。 時の庭園内に、ワグナリアの制服を着た女が転送されてくる。赤縁の眼鏡に激しくカールした前髪、松本麻耶だった。何故か荒縄で拘束されている。 「って、ここどこなのよー!」 松本は混乱した様子で叫ぶ。 通路はところどころ壊れて赤い空間がのぞいている。おどろおどろしい赤色は、まるで怪物の口の中のようで不気味だった。全ての魔法がキャンセルされる虚数空間と呼ばれる場所で、落ちれば重力の底まで真っ逆さまだ。 残された床には、西洋の甲冑に似たデザインの傀儡兵が徘徊していた。 「落ち着け、松本」 「佐藤さん、いきなりこんなとこに連れてきて――!」 松本は縄の先を握る佐藤を見て、絶句する。セーラー服を着たぽぷらの肩に、手の平サイズの佐藤が乗っていた。 松本たちを発見した傀儡兵が襲いかかってくる。 「必殺ぽぷらビーム!」 ぽぷらが木の枝から光線を放ち、傀儡兵たちを倒していく。 松本は頭を抱えてしゃがみこんだ。 (違う。こんなこと現実にあり得るわけがない。そう、これは夢よ!) 人間が小さくなったり、木の枝から光線が発射されたり、ロボットが歩いていたり、全部夢だと思えば納得できる。 「…………って、納得できるかー!」 松本が一転して怒りの咆哮を上げた。 「普通な私の夢が、こんな普通じゃないはずがない! 私の夢なら、もっと普通になりなさいよ!」 佐藤が松本の巻き毛にジュエルシードを差しこむ。その瞬間、不可視の領域が松本を中心に発生した。 傀儡兵の動きが格段に鈍くなり、ぽぷらと佐藤の変身が解ける。 「成功だよ、佐藤さん!」 「さすがだ。普通少女麻耶」 ぽぷらのハイタッチを受けながら、佐藤が感心したように呟く。 佐藤が松本から回収したあの日、ジュエルシードはすでに発動していた。松本の能力は普通フィールドの展開。その領域内では、あらゆる魔法、超常現象が無効化される。 佐藤たちは知らずに普通フィールドに踏み込み変身を解除されたのであって、ぽぷらが気をきかせたわけではない。 ジュエルシードをワグナリアに引き寄せていたもう一つの要因は松本だった。小鳥遊同様、松本の普通じゃないほど普通を願う気持ちがジュエルシードを上回ったのだ。 ロストロギアを超える欲望を持つ人間が二人もいるとは、さすがにワグナリアは変態の巣窟だ。案外、探せば他にもいるのかもしれない。 しかし、さすがに傀儡兵の存在自体は消滅させられないし、普通フィールド内では味方も魔法を使えない。 「出番だぞ」 佐藤の言葉に反応するように、釘バットが手近にいた傀儡兵を屠る。魔法防御がなくなり、関節部分がかなり脆くなっている。これなら普通の人間でも倒せるだろう。 「こいつらか。うちのバイトを誘拐した不届きな連中は」 残骸をハイヒールで踏みつけ、白藤杏子が釘バットを肩に担ぐ。 「そうだ。救出を手伝ってくれたら、一カ月間、好きな時に飯を作ってやる」 「その約束忘れるなよ、佐藤」 真横から傀儡兵が槍で杏子を狙う。しかし、槍が届く寸前で胴体を両断される。 「ふふふふ。杏子さんに手を出す輩は、全て八千代が抹殺いたします」 危険な妖気を漂わせ、八千代が日本刀を構えていた。 杏子も八千代も、怪しげなロボットたちが動き回るこの状況にまったく違和感を抱いていない。杏子は細かいことに拘らない性質の上、ご飯が一番大事だし、八千代にとっては杏子の敵を倒すことだけが重要なのだ。 「もう少し時間があれば、陽平と美月も呼んだんだがな」 杏子が軽く舌打ちする。杏子の舎弟たちの名前だ。 「ね、ねえ、種島さん、こいつら何なの!?」 伊波がおろおろと周囲を見渡す。伊波は前の二人のようにはいかなかったようだ。 「かたなし君を助けるためだよ。伊波ちゃん頑張って!」 「む、無理だよ。こんなのと戦うなんて……」 佐藤は伊波からなるべく距離を取り、メガホンを口に当て、決定的な一言を放った。 「伊波、あいつら、全部男だぞ」 「いやあああああああああああああ!」 伊波の拳がまるでブルドーザーのように傀儡兵を粉砕していく。 伊波の横では酒瓶を抱えた女が泥酔状態で戦っていた。小鳥遊梢だ。 「また振られたー!」 梢は泣き喚きながら、繰り出される武器を千鳥足でかわしながら近づいていく。梢は傀儡兵をつかむと、頭を、腕を捻じ切っていく。合気道講師らしいが、酔拳使いにしか見えない。 「こうなったら、とことん暴れてやるー! 後、宗太にお酒いっぱい買ってもらうー!」 松本と一緒に、店にいた腕の立つ連中を集めてきたのだが、思った以上の大活躍だった。できれば、恭也と美由希も連れて来たかったのだが、残念ながらまだ店に来ていなかった。 あっという間に、通路にいた傀儡兵たちはすべて残骸に変わっていた。 「じゃあ、後は任せた」 いつでも連絡が取れるよう通信機を杏子に渡す。ここから先、佐藤とぽぷらは別行動だ。 奥から、新たな傀儡兵の軍団がやってくる。 「よし、お前ら、行くぞ!」 明日のご飯の為、杏子は釘バットを振りかざして敵に挑んで行った。 チーム・ワグナリアの破竹の快進撃を、ブリッジでリンディが呆れたように眺めていた。傀儡兵の掃討は、彼らとクロノたちに任せていいようだ。 「なのはさん、出撃の準備をして」 「はい」 リンディに言われ、なのはとユーノが転送装置へと向かう。 情けない話だが、現在のアースラの戦力でプレシア捕縛の可能性があるのは、なのはたちくらいだろう。もしもの場合は、リンディがバックアップするつもりでいる。 「待って。私も行く」 フェイトがアルフを連れてブリッジに入ってくる。放心状態で医務室に運ばれたはずだが、瞳に強い意志の輝きが戻ってきている。 「フェイト、いいのかい?」 アルフが心配そうに尋ねる。フェイトが行けば、プレシアと対峙することは避けられない。アルフはこれ以上、フェイトに辛い思いをして欲しくなかった。 「うん。宗太さんを……みんなを助けたい。なのはたちの……友達の力になりたい。それに、母さんともう一度会わないといけないから」 この世界で出会った人たちの顔を一人一人思い出す。変わった人が多かったが、誰もがフェイトに優しくしてくれた。このまま次元震が起これば、小鳥遊家やワグナリアのみんなまで死んでしまう。そんな結末は絶対に嫌だった。 「上手くできるかわからないけど」 フェイトがバルディッシュに魔力を注ぎ込むと、破損していた個所が修復されていく。 「フェイトが行くなら、もちろんあたしも行くよ。あの男には色々借りもあるしね」 アルフが指をパキパキと鳴らす。 「行こう、みんな」 バリアジャケットを装着し、フェイトはなのはたちを振り返る。 「よーし! 伊波ちゃん以来の共同戦線だね」 ぽぷらが張り切ってポーズを決める。 「ポプランポプランランラララン、魔法少女ぽぷら参上!」 「魔法少女リリカルなのは見参!」 「……フェ、フェイト・テスタロッサです」 ノリノリでポーズを決める二人の横で、フェイトがぺこりとお辞儀をする。 「フェイト。付き合わなくていいよ」 「えっと、そうしなきゃいけないのかと思って」 頭痛を堪えるアルフに、フェイトは照れながら弁解する。 佐藤が全員を見回して宣言した。 「さあ、選ばれし三人の魔法少女たちよ。今こそ魔王を倒し世界を救うのだ!」 「佐藤さん、ちょっと違うよ!?」 ぽぷらがつっこむ。むしろ魔王の救出が目的のはずだが。 「とりあえず出発しましょうか」 間抜けなやり取りに脱力しながら、ユーノが時の庭園へと転送魔法を発動させた。 時の庭園で激戦が繰り広げられている中、もう一つの戦場が地上にあった。 「8卓、カレーとチキンドリア、お子様ランチです!」 切羽唾待った様子で美由希が相馬に告げる。 「高町君、次は肉とキャベツ切って。千切りね!」 相馬が二つの鍋を火にかけながら叫ぶ。 「なずなちゃん、ラーメン、2卓へ」 「山田さん、パフェ三つお願いしますね!」 料理を運ぶ途中で、なずなが山田に言う。 「山田は、山田は混乱しています!」 山田が生クリームとアイスの箱を持ちながら右往左往する。 主なメンバーが不在の今日に限って、ワグナリアは満席だった。しかも注文も時間がかかるものばかりだ。 恭也はまだ一人で料理が作れるほど習熟しておらず、相馬は丁寧に調理をするので、あまり速い方ではない。手際のいい佐藤の不在が特に痛かった。 「相馬さん、他のスタッフの電話番号知らないんですか?」 「もちろん知ってるけど、俺の権限で呼べるわけないよ!」 「相馬さんの役立たず!」 山田は半泣きで喚く。泣きたいのは相馬も同じだった。 「とにかく、もう少しだけ辛抱して!」 「まずいよ、お客さん、だいぶ怒ってるよ」 美由希が客席を眺めながら言った。長時間待たされて爆発寸前のお客さんがちらほら見受けられる。美由希となずなの二人でどうにか抑えてきたが、さすがにこれ以上は難しい。 クレームが来た場合、店長かチーフが応対するのが常だが、今は誰もいない。ばれたら、店の存続に関わるかもしれない。 その時、従業員入口を通って、一人の男性が入ってきた。山田の顔が歓喜に輝く。 「音尾さん!」 「よかった、間に合った!」 「ちょうど近くを旅していてよかったよ。相馬君、苦労をかけたね」 ネクタイを締めて髪をオールバックにした穏やかな風貌の男性だった。この店のマネージャー、音尾兵悟だ。佐藤が杏子たちを連れて行った時に、念のため連絡しておいたのが功を奏したようだ。 「とりあえず呼べるだけの人員を集めてきたから」 どやどやと制服に着替えたスタッフが入ってくる。旅行や遊びから帰ってきたばかりのパートのおばさんと他のバイトたちだ。 「でも、お客さんが……」 「僕に任せて」 音尾は客席へと歩いて行き、一人一人に料理が遅れていることを謝罪していく。中には食ってかかる客もいたが、音尾の穏やかさと誠実さに、店内の雰囲気が徐々に落ち着いていく。 「すごい」 恭也と美由希が感嘆する。店をほったらかしにする無責任な男と思い込んでいたが、仕事はかなりできるようだ。 「どうです。山田のお父さん(予定)はすごいでしょう!」 山田が鼻息も荒く威張り散らす。予定とはどういう意味か問い詰めたい気もしたが、もはや恭也には気力が残っていなかった。 仕事が一段落し、キッチンもフロアも落ち着きを取り戻していく。 相馬たちは仕事をパートの人たちに任せ、休憩に取ることにした。山田は休憩室に入るなり机に突っ伏して眠ってしまう。よほど疲れたのだろう。 「山田さん、仮眠取るなら屋根裏に行った方がいいよ。山田さん?」 相馬が揺するが、山田はすでに夢の世界へと旅立っていた。 そこに音尾がやってくる。 「相馬君、本当に大変だったね」 「はい。それで店長のことなんですが……」 「言わなくていいよ。白藤さんのことは信じてるから。どうしても店を空けなければならない理由があったんでしょ?」 音尾が仏のような笑顔を浮かべる。あまりの眩しさに相馬は少しめまいを感じていた。 十個のジュエルシードが膨大なエネルギーを放っている。中心には、小鳥遊がはりつけにされていた。 「もう少しよ。待っていて、アリシア」 アリシアの入ったポッドに愛おしげになでながら、プレシアは小鳥遊に目をやる。 暴走させたエネルギーを小鳥遊に注ぎ込み結集させて撃ち出す。これで次元に穴を開け、アルハザードへの道を作ることができるはずだ。 エネルギーの充填はもうじき終わる。 プレシアが激しく咳き込んだ。 「こんな時に……」 体から力が抜けていく。いつもの発作の比ではない。足から力が抜け、ポッドに寄りかかるようにずるずると崩れ落ちていく。 「私はまだ死ねない。死ねないのよ」 しかし、咳は止まらず、大量に喀血する。プレシアはジュエルシードに手を伸ばし、そこで意識を失った。 通路を埋め尽くす傀儡兵たちをユーノとアルフのバインドが拘束する。 「必殺ぽぷらビーム!」 「ディバインバスター!」 二条の光線が傀儡兵たちを消し飛ばす。 「なのは、大丈夫?」 片膝をついたなのはを、ユーノが気遣う。連戦に次ぐ連戦に、なのはの疲労は極限に達しようとしていた。 「こっちは一目瞭然だな」 と、佐藤。 ぽぷらの身長は普段の三分の一になっていた。行使できる魔法も後わずかだ。 クロノが率いる局員たちは暴走している駆動露の鎮圧へ、チーム・ワグナリアは傀儡兵との戦闘を続けている。 『敵、増援!』 エイミィの切羽詰まった声、 通路に新たな一団が押し寄せてくる。 「どれだけいるんだ」 佐藤が舌打ちする。 「なのは、みんな、伏せて。サンダースマッシャー!」 巨大な稲妻が、なのはたちの頭上を通り過ぎ傀儡兵をなぎ倒す。 プレシアの待つ中枢部は目と鼻の先だ。壁をぶち破り、なのはたちはプレシアの部屋へと突入する。 プレシアがポッドに寄り掛かるように倒れていた。 「母さん!」 駆け寄ったフェイトが抱き起こすと、プレシアは浅い呼吸を繰り返していた。まだかろうじて息がある。 『次元エネルギー、さらに増大!』 エイミィが悲鳴を上げる。リンディまで出撃し次元エネルギーを抑えているが、もういつ次元震が発生してもおかしくない。 プレシアの制御を失い、ジュエルシードの暴走は手がつけられない状態になっていた。 「フェイトちゃん、封印を!」 「わかった!」 なのはとフェイトが近づこうとすると、発生したエネルギー障壁にはね返される。 「なら、大威力魔法で」 なのはがカノンモードを、フェイトがグレイヴフォームを起動させる。 しかし、 『『Empty』』 二つのデバイスが無情に告げる。ここに辿り着くまでに二人とも魔力を使い切っていた。アルフとユーノも似たり寄ったりの状況だ。 「それなら、スターライトブレイカーを」 大気中に残存する魔力を集めるスターライトブレイカーならば、チャージに時間さえかければまだ撃てる。 「駄目だ、なのは」 ユーノがレイジングハートを押さえる。 「でも」 「これ以上、負担の大きいあの技を使っちゃ駄目だ。残念だけど、スターライトブレイカーでもあの障壁は破れないよ」 「そんな」 なのはががっくりと膝をつく。 スターライトブレイカーが通用しないのなら、ぽぷらビームも同様だろう。 万策は尽きたかに思える。しかし、ユーノの顔に絶望の色はなかった。 「諦めるのはまだ早いよ。大丈夫、僕たちにはまだ最後の希望が残っている」 ユーノがぽぷらを振り返る。 「そうか」 佐藤がユーノの言わんとするところを理解する。ぽぷらが何を代償に魔法を使っていたのか。 「身長だ」 「佐藤さん、了解だよ!」 ぽぷらが木の枝を構える。佐藤がぽぷらの手に手を添える。そして、なのはが、フェイトが、ユーノが、アルフがぽぷらたちの背に手を置いた。 「みんな、みんなの身長を私に分けて!」 全員の身長を魔力に変換し、これまでとは段違いの膨大な魔力が木の枝に集中する。 「超必殺、ぽぷらブレイカー!」 時の庭園を揺るがすような巨大な光線がジュエルシードへと放たれる。しかし、ジュエルシードの障壁を打ち破るには至らない。 「撃ち続けろ!」 全員が凄まじい勢いで縮んでいき、とうとう親指サイズにまでなってしまう。 「とーどーけー!」 ぽぷらが叫ぶ。 その時、エネルギー障壁がわずかに出力を弱めた。ぽぷらブレイカーが障壁を粉砕する。 なのはとフェイトがデバイスを突き出す。 「リリカルマジカル」 「ジュエルシード」 「「封印!」」 ジュエルシードが二つのデバイスへと吸い込まれていき、時の庭園が静寂に包まれる。 『……次元エネルギー反応消失。作戦成功です!』 静寂を破るように、アースラからエイミィと局員たちの喝采の声が届く。 なのはたちはへなへなとその場にへたり込む。もはや立ち上がる気力も残っていなかった。 ふらつくぽぷらを、佐藤が抱きとめた。 「佐藤さん」 「なんだ?」 ぽぷらは佐藤に寄りかかったまま話しかける。 「私ね、ジュエルシードに感謝してるんだ」 「変わった奴だな。これだけ面倒事に巻き込まれたのにか?」 「うん。だってジュエルシードは私の願いを二つも叶えてくれたから」 「二つ?」 おっきくなる以外のぽぷらの願いなど、佐藤には見当もつかなかった。しかもジュエルシードはそれすら叶えていない。 「佐藤さん、私のこと、名前で呼んでくれたでしょ。それから、ほら」 今の状態で、ぽぷらが背伸びすると、佐藤の顔の高さと大体同じになる。ぽぷらは照れたように笑う。 「佐藤さんとつりあう背になること。これが私の願い」 思い切って気持ちを伝えると、佐藤が顔を背けた。 (やっぱり駄目か) ぽぷらは寂しげに目を伏せる。こうなることはわかっていた。ならば、せめてもう少しこのままでいたかった。 「……今度」 佐藤がぽつりと言った。 「…………休みが重なったら、遊園地でも行くか」 激しい懊悩を隠すように、佐藤は手で顔を押さえていた。指の隙間から真っ赤になった顔が覗いている。 「お子様とのデートは遊園地が相場だからな」 「私、子供じゃない……!?」 反射的に叫び返そうとし、佐藤の言葉の意味に気がつく。佐藤につられて、ぽぷらの顔まで赤く染まる。 「さ……」 「何も言うな」 佐藤がつっけんどんに言う。照れ隠しだろう。 「……三つ目の願いまで叶っちゃった」 ぽぷらは心から幸せそうに笑った。 アルフが盛大に咳払いをする。 「いちゃつくのはいいけどね、ここにはお子様がたくさんいるってことを忘れないで欲しいね」 周囲を見渡すと、みんなが赤い顔でこちらを注視していた。 『ごめーん。通信回線も開いたままなんだ』 エイミィが申し訳なさそうに、だが、楽しそうに言った。画面の向こうから局員たちの冷やかす声が聞こえてくる。 「もおおおおおおお! 佐藤さん、時と場所を考えてよ!」 「最初に言ったのはお前だろうが。お前のせいだ」 「二人とも……」 なだめようとするフェイトを、なのはが止める。 「いいの、いいの。これがいつもの二人なんだから」 なのはは心の中でぽぷらたちを祝福する。 時の庭園に、二人の言い合う声がいつまでも響き渡っていた。 目次へ 次へ
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発生条件 第6話の私塾でセクターと会話 ○【正直に話す】 ×【答えられない】 第11話 戦闘後にセクターと会話 選択肢 ×【そんなことない!!】 ○【それでいいのかよ!?】 第13話 戦闘後にセクターと会話 ×【素直に従って逃げる】 ○【そんなことできるか!】 第13話の夜会話後 外伝「我が身、朽ち果てる日まで」が発生 アドベンチャーパート ■私塾 セクターと会話 「セクター」が仲間に加わる ※○を選択していないと外伝が発生しても仲間になりません サモンナイト4 Topページ
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翌朝、佐藤がバイトに行くと、キッチン担当の相馬博臣と出くわした。にこにこと笑顔を絶やさない取り分け特徴のない男だが、この笑顔が曲者だ。 「おはよう、佐藤君。今日はお疲れみたいだね」 「まあ、ちょっとな」 ユーノからおおよその説明を聞き、ぽぷらはなのはに協力すると約束した。佐藤は面倒くさいと思ったが、さすがに人や町に被害が出るかもと言われて反対するわけにもいかない。 「へえ、もしかして変な宝石でも拾った? それとも不思議な女の子に会ったとか?」 「てめえ、どこまで知ってる?」 「何のこと? 俺は冗談を言っただけなんどけど……」 佐藤が胸ぐらをつかむと、相馬はだらだらと脂汗を流す。 相馬の情報網は凄まじく、他人の秘密をことごとく知っている。相馬なら昨日のことを察知していてもおかしくない。本当に油断のならない男だった。 「俺は何も知らないよ! まだ!」 まだと言うあたりに本音が混じっている。さすがに考え過ぎだったかと佐藤は、相馬を解放する。 相馬は襟元を直しながら、話を変えた。 「そういえば、新人さん、今日からだよね。どんな人たちか楽しみだな」 噂をすればなんとやら、そこに高町兄妹がやってきた。恭也も美由希も浮かない顔をしている。 「おはようございます」 たった一人、なのはだけが元気に挨拶する。恭也と美由希が来なくていいと説得したのだが、どうしても手伝うと譲らなかったのだ。恭也たちは小鳥遊になるべく近づかないという条件で渋々承諾するしかなかった。 なのはが手伝いにこだわった理由はぽぷらだった。一応封印を施したが、ジュエルシード暴走の危険性がなくなったわけではない。念の為、なるべくぽぷらの側にいるようユーノから言われているのだ。 「おはよう。俺は相馬博臣。よろしくね、なのはちゃん。それに高町恭也君と美由希さんだよね」 「よろしくお願いします」 ようやくまともそうな人に会えたと、恭也は少しほっとする。 「こいつは人の秘密を握って脅迫してくるからな。気をつける」 佐藤が忠告する。 「やだなぁ、人聞きの悪い。俺が知ってるのはせいぜい……高町恭也、大学一年生。父親から幼い頃より御神流の 剣術を習う。恋人の名前は月村忍。夏休みのデートの約束断るの、大変だったんだってね。それから……」 「相馬、もういい」 「痛いよ、佐藤君!」 佐藤に引っ張られて相馬が厨房へと姿を消す。 「……恭ちゃん、私たち忍さんの話なんてしてないよね?」 恭也は無言で首肯する。こちらの個人情報をどこまで知っているのか。得体の知れない相手だ。 「あれ? 今相馬さんの声がしませんでしたか?」 「うわ!」 突然、天井が開き、梯子が下りてくる。そこから滑るように長い黒髪の女の子が下りてきた。フロアスタッフの格好をしているので、ワグナリアの店員だろう。どうやらここに住んでいるらしい。 「おや、あなたたちはどちら様ですか? あっ、わかりました。あなたたちが新人さんですね。私は山田葵。わからないことがあったら何でも聞いて下さい!」 女の子は胸を張って威張りだす。しかし、そのエプロンには研修中のバッチが取り付けられていた。 「ええと、山田さん?」 恭也が名前を呼ぶが、山田は不思議そうに首を傾げる 「山田さん?」 「はっ。そうでした。私、山田でした!」 (偽名!?) 偽名を使い、ここに住んでいるとなると、家出少女だろうか。 ワグナリアには、変人しかいないのかと恭也と美由希は頭を抱えた。 メンバーに不安を抱えたまま開店したが、仕事は滞りなく進んで行く。どうやら能力は案外高いらしい。 「高町さん。洗い物が重くて持てないのでお願いします」 「はい」 「美由希ちゃん。高くて届かないので、コップをお願いします」 「……はい」 ぽぷらに仕事をちょくちょく頼まれるが、これくらいならご愛嬌だろう。後、たまに山田が皿を割っているが、それも多分きっとご愛嬌だろう。 客の入りも思ったより激しくなく、店内はどこかゆったりと時間が過ぎていく。 (そうなんだ。なのはちゃんには敵がいるんだ) (敵……なのかな? とにかくその子もジュエルシードを狙ってるの) ぽぷらとなのはは並んでお皿を吹きながら、念話で会話する。服に隠れて見えないが、ジュエルシードは細い紐で、ぽぷらの首から下げられている。変身を解除したら自然とこの形に変わったのだ。 (多分悪い子じゃないと思うんだけど……) (どうして?) (……その子、とっても寂しくて綺麗な目をしているの。それに私を倒した時に、ごめんねって呟いたんだ。何か理由があるんだと思う) (そうなんだ) (おい、7卓の料理できたぞ) 「はーい」 突然割り込んできた佐藤に、ぽぷらは返事をする。 「佐藤さん。横着しないで、ちゃんと口で言ってよ」 「これ便利だな」 「もう!」 ぽぷらは料理を運んでいく。ぽぷらが一定範囲内にいれば、佐藤も念話が可能だった。 (じゃあ、バイトが終わったら、ジュエルシード集めだね。今日から頑張ろう。なのはちゃん) (うん。頑張ろうね。ぽぷらちゃん) (次の料理もそろそろできるぞ。種島) 「さとーさーん!」 ぽぷらの文句もどこ吹く風で、佐藤は淡々と仕事をこなしていた。 「高町さん。ちょっと野菜を持ってきてもらっていいですか?」 「わかりました」 八千代に言われ、恭也は裏に向かう。そこで従業員用入口から入ってきた高校生の女の子と出くわした。 オレンジっぽい茶髪をショートカットにし、ヘアピンをつけた、スレンダーな体系の女の子だった。 「あ、君もバイトの……」 「いやああああああ!」 恭也が口を開くなり、女の子は悲鳴を上げ、すくい上げるようなボディブローをお見舞いしてきた。 「!?」 恭也は咄嗟に腕で防御するが、あまりの威力に腕がしびれ、体がかすかに宙に浮く。 「恭ちゃん!?」 悲鳴を聞きつけ、フロアの女の子たちが駆けつける。 「伊波ちゃん、ストップ!」 ぽぷらが恭也と女の子の間に割って入る。 八千代とぽぷらの二人になだめられ、伊波と呼ばれた女の子は落ち着こうと深呼吸している。 「恭ちゃん、この子に何したの?」 美由希が目を釣り上げて詰問してくる。明らかに誤解している。 「違う。俺は何もしていない」 「何もしていないのに、女の子が悲鳴を上げるわけないでしょう。事と次第によっては忍さんに……」 「いきなり殴られて、訳がわからないのは俺の方だ!」 「違うんです。美由希さん」 遅ればせながら小鳥遊と杏子がやってくる。同情するような眼差しを恭也に向けていた。 「あの人は伊波まひるさん。極度の男性恐怖症で、怖さのあまり男と見れば見境なく襲いかかってくるんです」 「ごめんなさい! どうしても男の人が怖いんです!」 (どっちがだ!) 恭也は心の中で叫ぶ。伊波の一撃はとても重く、受け止めた場所は確実に痣になっているだろう。力だけなら、恭也すら凌ぐ。 「最近、少しは男に慣れてきたと思ったんですが、やっぱり初対面の人だと駄目ですね」 「小鳥遊君。もしかして、君は伊波さんに……」 「ええ。シフトが同じだと、日に四回は殴られてます」 恭也はさすがに小鳥遊に同情した。よく生きていられるものだ。 小鳥遊は振り返って杏子を見た。 「店長、またシフト間違えましたね? 駄目じゃないですか、男の人と伊波さんを一緒にしたら」 「間違えてない。こいつの親父が、高町兄なら殴られても防御できると言ったんだ」 杏子がしれっと言った。 それなら事前に教えて欲しかったと恭也は思う。 「……お互い、殺されないように頑張りましょう」 小鳥遊がしみじみと言った。恭也は返事をすることができなかった。 夜、ワグナリアになのはとぽぷらたちは集合していた。 店内の明かりは消え、周囲に人の気配はない。屋根裏には山田がいるはずだが、今の時間に外には出てこない。 「なのは、早速ジュエルシードの反応だ!」 「レイジングハート、お願い」 『Set up』 なのはがバリアジャケットを装着する。 「ポプランポプラン、ランラララン!」 「それ、必ず唱えないといけないのか?」 ぽぷらが元気に、佐藤がげんなりと光に包まれる。ぽぷらはセーラー服に木の枝、佐藤はキッチンの制服を着て、手の平サイズまで縮んでいる。 「魔法少女ぽぷら参上!」 「……ま、魔法少女リリカルなのは見参!」 二人並んでポーズを決める。 「なのは、別に付き合う必要はないんじゃ?」 「にゃはは。つい」 なのはたちは星の瞬く夜空を飛行する。 反応があった場所は、ワグナリアからそれほど離れていない路地だった。 なのはたちは地面に下り立ち目を丸くする。 マントを羽織った小鳥遊が、黒衣の魔法少女、大型の狼と一緒にいた。ユーノが感知したのは、小鳥遊のジュエルシードだったのだ。 時間は少し前にさかのぼる。 バイトを終えて帰路についた小鳥遊は悩んでいた。 「高町さんも美由希さんも、絶対俺のことロリコンだと思ってるよな」 兄と姉の鉄壁のブロックに、小鳥遊は今日一度もなのはと会話できなかった。 「せっかく先輩以外の心のオアシスができたのに、酷い!」 どうにか誤解を解かねばならないが、小鳥遊の問題はそれだけではない。 「それにしても、これ、どうしよう?」 小鳥遊は首から下げていたジュエルシードを取り出す。 昨日はやけにテンションが上がって気にならなかったが、現実にはあり得ないことの大連発だった。 魔法の使い手となり、同じ魔法使いの女の子と戦った。しかも狼女まで現れた。普通なら夢だと思うところだが、この宝石が確かな証拠だ。 この宝石を使えば小鳥遊の夢は叶うかもしれない。だが、冷静になった今では得体の知れない力に頼る気にもなれない。 「こんなこと、誰にも相談できないし」 その時、電信柱の裏で影が動いた。 「猫? 犬?」 覗きこむと、昨日出会った女の子がいた。今日は黒い普通の服を着ている。寄りそうように狼形態のアルフもいた。 「私の名はフェイト・テスタロッサ」 「小鳥遊宗太です」 名乗られて、反射的にこちらも名乗る。 「今日はあなたにお願いがあって来ました」 フェイトがおずおずと言う。人にどう接したらいいかわからない。そんな戸惑いが伝わってくる。 「喜んで!」 小鳥遊は鼻息荒く頷いた。 「……まだ何も言ってない」 「どんなお願いだって聞きます!」 詰め寄ってくる小鳥遊に、フェイトは若干後ずさりする。 アルフが小鳥遊とフェイトの間に強引に体を割り込ませ、毛を逆立てて威嚇する。しかし、小鳥遊の視界にアルフは入っていない。小鳥遊の趣味からすると、狼アルフは大型過ぎる。 フェイトは小鳥遊から少し距離を取り、ジュエルシードと小鳥遊に起きた変化について説明をし、最後にこう付け加えた。 「私はジュエルシードを回収しています。あなたにもそれを手伝って欲しいんです」 昨日のプレシアの指示は、小鳥遊の手を借りろというものだった。 それを聞いた時、アルフは最初耳を疑った。 普段、プレシアは母親でありながら、フェイトに冷たい。それなのに、協力者を指示するなんて珍しいこともあるものだ。 (まあ、あの女なりに、娘を心配していたということか) アルフは少しだけプレシアを見直した。小鳥遊の性格はかなり変だが、実力は折り紙つきだ。後は、自分がなるべくフェイトに近づけないようにすればいい。 「はい。わかりました!」 フェイトの頼みを小鳥遊は快諾する。 「あの、集めている理由を訊かないんですか?」 「必要ありません!」 小鳥遊の胸のジュエルシードが光り輝き、魔王へと変貌する。 その直後、なのはとぽぷらが現れた。 フェイトが無言でバルディッシュを構える。 「……もしかしてあの人たちって、フェイトちゃんの敵?」 だらだらと脂汗を流しながら、小鳥遊が訊く。 「うん。右の子は初めて見るけど」 「……俺の知り合いなんだけど、戦わないといけないんだよね?」 「そうだよ。協力するって言ったんだ。手伝ってもらうよ」 アルフが牙をむき出して前に出る。 フェイトたちを前に、ぽぷらが右肩の佐藤に話しかける。 「ねえ、佐藤さん。あの人、かたなし君だよね?」 「間違いない。あいつもジュエルシードを拾ったか」 さすがのぽぷらも、今回は他人の空似とは思わなかったようだ。 「小鳥遊さん。あの子もジュエルシードを持ってる」 「え、じゃあ……」 「うん。早く回収しないと」 ぽぷらも小鳥遊も、互いにジュエルシードに取り込まれていると誤解していた。 「~~~~先輩、なのはちゃん、ごめんなさい!」 小鳥遊が両手をかざす。 危険を察知して、なのはとぽぷらが左右に跳ぶ。背後の塀が縮んでいく。 「縮小魔法? なのは、気をつけて!」 ユーノが広域結界を展開する。 「ぽぷらちゃん、一気に封印行くよ!」 「うん!」 「ディバインバスター!」 「必殺ぽぷらビーム!」 二人の放つ光線が小鳥遊に迫る。 「縮め!」 細く小さくなった光線を、タカナシは肉体で受ける。小さくなったとはいえ、まだそれなりの威力を維持していたはずだが、びくともしていない。 「ぽぷら、上!」 「ジュエルシード封印」 フェイトがバルディッシュを振り上げていた。 ぽぷらは咄嗟に木の棒で受け止める。 「きゃー! きゃー!」 木の枝が折れそうで、ぽぷらが半狂乱で泣き喚く。 「嘘」 フェイトは唖然としていた。 火花を上げながら、木の枝はバルディッシュの刃と拮抗している。これもジュエルシードのなせる業か。 「撃て!」 「ぽぷらビーム!」 無理な体勢から、ぽぷらがビームを撃つ。フェイトは横に移動するが、マントの端がビームに消滅させられる。尋常な威力ではなかった。 「フェイトちゃん! 邪魔しないで、なのはちゃん!」 小鳥遊がなのはの攻撃を受けながらも、フェイトの加勢に行こうとする。 「もしかして……」 「この子……」 小鳥遊とぽぷらの表情を見て、なのはとフェイトが同時に言った。 「「ジュエルシードに取り込まれていない?」」 「「へっ?」」 全員が動きを止めた。 とりあえず一時休戦となり、互いの変化について説明しあう。 フェイトとアルフは遠くから話し合いを見守っていた。話し合いなどするつもりはなかったのだが、小鳥遊が頼んでどうにか武器を納めてもらっていた。 「なるほど、小鳥遊はそっち側に付いたか」 「はい。すいません。約束してしまったので……」 正座した小鳥遊が、佐藤にそっと手を伸ばす。 「どさくさにまぎれて撫でるな」 佐藤が小鳥遊の手を叩き落とす。小鳥遊は悲しげに手を引っ込めた。 「でも、まさかジュエルシードと共生できる人がいるなんて」 ユーノは興味深そうに小鳥遊を観察する。どれだけ強い願望を持っているのか、計り知れない。 「ところで提案なんだが、この休戦もうしばらく続けないか?」 佐藤がフェイトとアルフにも聞こえるように言った。 「俺たちは互いにジュエルシードを集めている。それなら、まずはジュエルシード集めに専念し、集め終わったら、それを賭けて勝負すればいい」 「同時に見つけた場合は?」 「じゃんけんでいいんじゃないか?」 「ふざけるな。こっちは遊びでやってんじゃないんだよ!」 アルフが激昂する。 「ジュエルシードを一刻も早く集めたい。そこまでは一致しているはずだ。いちいち戦っていたら、時間と労力のロスだ」 そう言われると、アルフは反論できない。 手分けして探索した方がより早く終わるが、さすがにそこまで慣れ合う必要もあるまい。 「ねえ、そうしようよ、フェイトちゃん」 なのはも必死に呼びかける。 「目的があれば、ぶつかり合うのは仕方のないことかもしれないけど、何度も何度もフェイトちゃんたちと戦うなんて、私、やだよ」 「…………」 「お願いします!」 小鳥遊が頭を下げる。バイトの同僚と険悪にならないためには、これが最善の策だった。 「……わかった。それでいい」 「フェイト?」 「早く集められるならその方がいい。平気だよ。私は強いから」 フェイトが優しくアルフの頭を撫でる。 「決まりだな」 話し合いが終わるなり、フェイトとアルフは夜の闇に消えていく。 「ありがとう。佐藤さん。おかげで初めてフェイトちゃんと話し合いができました」 無邪気に喜ぶなのはに、佐藤は微妙な表情を浮かべた。 まさか、変身していると煙草が吸えないので、早く解決したいとは口が裂けても言えなかった。 目次へ 次へ
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気がつくと、フェイトは大きくなっていた。 「やった。夢が叶った!」 フェイトは喜びながら、鏡で自分の姿を確認する。すらりと伸びたしなやかな肢体。子供用のパジャマでは丈が足りなくなり、胸元もはち切れそうになっている。 「そっか。私、十九歳になったんだ」 大人用の服に着替え、家を飛び出す。目指す先はワグナリアだ。到着するなり、フェイトは店の扉をくぐった。 いつもの格好をした小鳥遊が出迎える。 「宗太さん、私、大きくなったよ!」 「年増」 小鳥遊の目は蔑みに満ちていた。 「きゃあああああああああああああ!」 「ど、どうしたんだい!?」 フェイトの突然の悲鳴に、アルフはベッドから跳ね起きる。時刻は深夜四時。空も徐々に白みだしている。 「な、何でもないよ。ちょっと怖い夢を見ただけ」 「怖い夢? どんな?」 フェイトは夢の内容をアルフに説明した後、額の汗を拭った。 「我ながらおかしな夢。宗太さんがそんなこと言うわけないのに」 (言う! 絶対に言う!) アルフは心の中でつっこみを入れる。どうもフェイトの中では、小鳥遊は相当美化されているらしい。 その日のワグナリアは客がほとんど来ず、スタッフは暇な時間を持て余していた。 「あのね、杏子さんがね、杏子さんでね、杏子さんだったの」 こういう時、八千代は杏子の素敵な所を、佐藤相手に長時間喋り続ける。しかも何回も同じ話をだ。適当に相づちを打ちながら、佐藤は厨房の掃除を続ける。 時々、話を切り上げようとするのだが、八千代の幸せそうな顔を見るたびに、言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。惚れた弱みだが、ストレスは溜まる一方だ。 「八千代ー。パフェー」 「はい。杏子さん」 杏子に呼ばれ、八千代が去っていく。 「お疲れ様。今日も大変だね、佐藤君」 それまで距離を取っていた相馬が、さわやかな笑顔で話しかけてくる。 「そう思うなら、たまには代われ」 「佐藤君が好きな人と語り合える時間を邪魔するなんて、俺にはとてもできないよ」 相馬が悲壮感たっぷりに言う。本当は、好きな人のせいで佐藤が苦しんでいる姿を眺めるのが楽しいだけなのだが。 佐藤が相馬の頭をフライパンで一撃する。 「痛いよ、佐藤君。俺はただ佐藤君の応援をしてるだけなのに」 相馬が涙目で頭をさする。これは嘘ではない。恋を応援することと、佐藤で楽しむことは、相馬の中では矛盾しない。 「本気で言ってるなら、神経を疑うな」 時間を確認すると、佐藤の休憩時間になっていた。厨房を相馬に任せて、佐藤は煙草の箱を取り出しながら休憩室に向かう。その途中、柱に背をつけてぽぷらが立っていた。どうやら身長を計測しているらしい。 「どれ、俺が見てやるよ」 柱にはボールペンで印がつけられている。これがこれまでのぽぷらの身長だ。印とぽぷらの頭の位置を比べる。 「おっ、少し背が伸びたんじゃないか?」 「ホント!?」 ぽぷらの顔が喜びに輝く。 「いや、嘘」 「もぉー!」 ぽぷらが突っかかってくるのを、佐藤は片手であしらう。ぽぷらをからかうことで、佐藤は日頃のストレスを発散しているのだ。 言い合いを続ける佐藤とぽぷらを、伊波が微笑ましく見つめていた。 「種島さんと佐藤さんって仲がいいよね」 「そうですね。からかったりからかわれたりですけど、仲はいいですよね」 床にモップをかけながら、小鳥遊が返事をする。 「最近、ますます仲が良くなってきてるよね。以心伝心ってああいうのを言うのかな?」 時折、言葉を介さずに二人で仕事をしている。念話を使っていることを、伊波は知らない。 恋人に年下は遠慮したいと、過去にぽぷらが言ったことがある。では、年上が好みなのだろうか。ちなみに佐藤はぽぷらより三つ年上だ。 (ま、まさかね。考え過ぎだよね) 「なるほど。それはいいことを聞きました」 いつの間にか、山田が伊波の背後に立っていた。 「では、行ってきます」 山田が佐藤とぽぷらに、とてとてと近づいていく。 「お二人はとても仲良しと、伊波さんが言っていました」 「いきなり何だ?」 佐藤が怪訝な顔をする。 「付き合えばいいと思います」 「山田さーん!?」 伊波の悲鳴は、三人には届かない。 「仲良しはお付き合いをするものです。好きな人がいたりいなかったりあるでしょうが、やはり気の合う者同士が一番です」 したり顔で山田が力説する。 佐藤とぽぷらが無言で見つめ合う。伊波はハラハラしながら二人を見守った。 (佐藤さんは八千代さんが好きだから付き合う気はないだろうけど、もし種島さんが佐藤さんのことを好きだったら……。切ない! 凄く切ないシーンだよ!) やがて二人は同時に言った。 「「こんなお子様やだ」」 伊波は思いっきりずっこけた。 互いの発言に二人してムッとなる。 「ほら、そうやってすぐ子供扱いするんだから。大人の人は、もっと私を女性として扱ってくれると思うの」 「三つも年上の人間に対して、その態度はなんだ。この前やったお菓子を返せ」 「そういうところがお子様なの!」 とっくに食べてしまったものを、どうやったら返せるのか。二人の口論がさらにエスカレートしていく。 (全然切なくなかった。なんて遠慮のない言い合い) 伊波は肩透かしを食らった気分になりながら仕事に戻ろうとし、最後にもう一度だけ二人を振り返って見た。 (でも、やっぱり二人はワグナリアで一番仲がいいよね) 夕方になり、なのはは更衣室に入った。今日のお手伝いはこれで終わりだ。後は夕飯まで家で夏休みの宿題を、夜になったらジュエルシード探索の予定だ。 着替えようとすると、更衣室の奥でぽぷらが膝を抱えてうずくまっているのが見えた。少し前に帰ったとばかり思っていたのだが。 「どうしたの?」 「うん。ちょっとね」 ぽぷらは暗い顔で落ち込んでいた。 「どうしたの? あ、わかった。佐藤さんでしょ。まったくいじめっ子なんだから。昔のお兄ちゃんみたい」 恭也は最近少し優しくなったが、昔は美由希もなのはもよくからかわれたものだ。 「違……わないか」 ぽぷらは否定しようとして、ますます表情を暗くした。 「?」 「なのはちゃんになら話してもいいかな。ここだけの話だよ」 誰も来ないのを確認してから、ぽぷらはそっと耳打ちする。 「私ね、佐藤さんが好きなんだ」 衝撃の告白に、なのはの頭が真っ白になる。 佐藤とぽぷらが、実は仲良しだと理解はしている。しかし、恋愛感情はないと今日言ったばかりではないか。 「そう言うしかないよ。だって佐藤さん、八千代さんのことが好きだから。それも私と会うずっと前から」 振られて今の関係が壊れてしまうくらいなら、ずっと友達でいる道を選ぶしかなかった。ぽぷらは恋愛には疎い方だが、いつも佐藤を見ていれば、彼の目が誰に向けられているかくらいわかる。 「佐藤さんのどこが好きなの?」 なのはは内心の動揺を押し殺して尋ねる。恋愛相談など、正直手に余る。 「そりゃ、いつもはいじめっ子だけどね。本当は優しいし、一緒にいると楽しいから」 ぽぷらは胸元のジュエルシードを握りしめる。 「たぶん、これがなければずっと今の関係が続いたと思う。でも、一緒に魔法使いになって、町を守るために戦って、もしかしたら可能性あるかもって思ったのに……ああはっきり否定されちゃうとね」 話せば話すほど苦しさと切なさが募り、ぽぷらの目尻に涙がにじむ。 「私がもっとおっきかったら、佐藤さんも振り向いてくれたかな?」 我慢の限界を超えたのだろう。ぽぷらがせきを切ったように泣き出した。 このままでは泣き声を誰かに聞こえてしまう。慰める手段を持たないなのははおろおろした挙句、 「おーきなーくりのー木の下でー!」 泣き声をかき消すような大声で歌い出した。歌い出してから、これではかえって注目を集めてしまうことに気がついた。 (どうしよー!? どうしよー!?) 今更、歌を止めるのも不自然だ。八方塞になり、なのはまで涙目だった。 その時、かすかな笑い声がした。なのはが視線を下げると、ぽぷらは肩を震わせて笑いを堪えていた。 真っ赤になって歌うなのはがおかしくて、つい笑ってしまったのだ。 「あー! ぽぷらちゃん、ひどーい! 私、頑張ったんだよ!?」 「ご、ごめん、ごめん」 ぽぷらが笑いながら立ち上る。明るい表情が戻ってきていた。 「お詫びに、なのはちゃんが恋愛に困ったら、私が相談に乗ってあげる。おねーさんに任せなさい!」 胸を張るぽぷらが、なのはには初めて年相応のお姉さんに見えていた。 曇天の空を、魔法少女ぽぷらが舞う。肩にはいつもの様に仏頂面の佐藤がしがみついている。 時刻は夜の八時。今にも雨が降り出しそうだが、道にはそこそこ人通りがある。 「ジュエルシードの反応はこっちだっけ」 人目に触れないよう注意深く飛行する。佐藤とぽぷらは、すでにいつもの二人の関係に戻っている。 「とっとと回収するぞ。この前の伊波みたいな事態は二度とごめんだ」 撲殺少女まひるの恐怖は、直接戦っていない佐藤の脳裏にもこびりついていた。伊波を思い浮かべるだけで、佐藤の顔は少し青ざめる。 あれほどの強敵には二度と会わないよう願いたい。 「あっ。あれ見て」 街灯の明かりに照らされて松本が歩いている。 「まさかあいつが拾ったんじゃないだろうな」 「そのまさかみたい」 松本の手には、青い宝石が握られていた。時折困ったように宝石を眺めている。 ぽぷらと佐藤は人気のない路地へと降り立ち、松本の様子を窺う。 「どうやら発動してないようだな」 松本に特に異常は見当たらない。今なら簡単に回収することができるだろう。 佐藤とぽぷらの変身が解ける。ぽぷらも佐藤と同じことを考えたらしい。 「じゃ、回収してくる」 「う、うん」 ぽぷらは微妙な顔で頷く。 「よお、松本」 偶然を装い、佐藤は松本に挨拶する。 「佐藤さん、こんなところでどうしたの?」 「ちょっと落し物してな。青い宝石なんだが、どこかで見なかったか?」 「もしかして、これ?」 松本がジュエルシードを差し出す。 「助かった。お前が拾っててくれたのか」 「誰かへのプレゼント?」 「……まあ、そんなところだ」 「ふーん。アクセサリーでもないただの宝石をプレゼントするのね」 松本は白い目を向ける (怪しまれたか?) 佐藤が警戒するが、松本はあっさりジュエルシードを渡してくれた。 「せめてネックレスくらいにしなさい。その方が普通で喜ばれるから」 松本はそのまま歩いて行ってしまう。どうやら普通でないことがお気に召さなかっただけのようだ。 「相変わらず変わった奴だ」 佐藤はしみじみと呟いた。 同時刻、ビルの屋上ではアルフが広域探知でジュエルシードを探していた。 伊波の物を回収してから、次のジュエルシードの手がかりすら得られていない。焦りは募る一方だ。 これまでジュエルシードが発見されたのはワグナリアより南側だけ。そちらを重点的に探しているのだが、今のところ反応がない。 アルフは屋上の床にあぐらをかいている小鳥遊を振り返った。 「あんたも少しは手伝いなよ」 「どうしろって言うんですか」 小鳥遊とて手伝いたいのは山々だ。しかし、探知魔法を使えず、ジュエルシード発動時の気配もごく至近距離でしか感じられない小鳥遊ではやれることがない。小鳥遊が役に立てるのは戦闘だけだ。 「役立たず」 「しょうがないじゃないですか」 小鳥遊とて他の魔法を習得しようと努力してみたが、まったくの徒労に終わった。先天的に魔力を持たない小鳥遊では、これ以上の魔法の習得は不可能のようだった。 「ジュエルシードが見つからないからって、俺に八つ当たりしないでください。これだから年増は」 アルフの額に青筋が浮かび上がる。 「年増、年増ってあんたは言うけどね、あたしはまだ二歳だよ!」 「ええ!?」 衝撃の事実に小鳥遊が愕然となる。 (この梢姉さんの同類が二歳? ありなのか? なしなのか?) 人間形態のアルフをじっと観察し、小鳥遊は結論を出した。 「アウトォー!」 「どういう意味だい!」 「だって、どこからどう見ても年増だし……それによく考えたら、アルフさんは狼じゃないですか」 犬の二歳で、人間の二十三歳相当だ。使い魔にどこまで適用できるか知らないが。 「二人とも、喧嘩は駄目だよ」 そこにフェイトが探索から戻ってくる。かなり探索範囲を広げてみたのだが、フェイトの方も空振りに終わっていた。 「止めないでおくれ。どうやら、こいつとは一度白黒はっきりつけないといけなさそうだ」 「臨むところです」 険悪に睨みあう小鳥遊とアルフを、フェイトは不安そうに見つめている。 「ちょうどいい。フェイトにもこいつの本性を知ってもらおうじゃないか」 「俺に勝てるとでも?」 小鳥遊は余裕に満ちていた。アルフの攻撃が通用しないことは、初戦で証明済みだ。 「いーや。あんたはあたしに勝てない。絶対にね」 アルフが狼の姿に戻り、獰猛に笑う。 「行くよ。対小鳥遊用新必殺!」 アルフは後ろ脚で直立し、左腕を腰だめに、右腕を斜めに振り上げる。 「変身、こいぬフォーム!」 アルフが光に包まれ、小型犬の姿に変わる。 「どうだ!」 「アルフさん可愛い!」 小鳥遊が興奮した様子で、アルフを抱き上げ頭を撫でる。アルフの新形態の効果は絶大だった。 「見たかい。こいつはちっちゃければ何だっていい、ただのミニコンなんだよ!」 勝ち誇りながら、アルフはふと違和感を覚えた。頭を撫でる手が二つある。アルフは恐る恐るもう一本の手の主を見上げた。 「アルフ、可愛い!」 フェイトが紅潮した顔で、一心不乱にアルフを撫でていた。 (ミニコンがうつった!) アルフが必死に説得を重ねるが、フェイトは撫でるのに夢中でまったく耳に入っていない。アルフは子犬の手で小鳥遊の胸ぐらをつかみ、激しく前後に揺さぶる。 「返せよ~! 元のまともだったフェイトを返せー!」 「あははは。可愛いなぁ」 アルフの涙ながらの訴えも、小鳥遊にはじゃれついているようにしか感じられない。 ダブルなでなでは、アルフがこいぬフォームを解除するまで終わることはなかった。 「まったく酷い目にあったよ」 「すいません。つい我を忘れて」 並んで夜の街路を歩きながら、アルフはダブルなでなでによって乱れた髪を直す。あの後、フェイトと別れて再び探索に出かけたのだ。 「この機会にちょっと相談したいことがあるんですが」 小鳥遊がうって変わって真剣な様子で口を開いた。 「フェイトちゃんのお母さんのこと、どう思ってますか?」 「嫌いに決まってるだろ。あんな鬼婆」 フェイトを傷つける者はアルフにとって全て敵だ。 「このままでフェイトちゃんは幸せになれると、本当に信じていますか?」 痛いところを突かれて、アルフは黙る。 フェイトは、ジュエルシードを集めれば元の優しい母に戻ってくれると信じているようだが、同じように思えるほどアルフは能天気ではない。フェイトとて心からそう信じているわけではなく、信じたいだけだろう。 「でも、どうすればいいんだい? 母親の望みを叶えるのが、あの子の願いなんだよ?」 「もちろんジュエルシードは集めます。でも、もしあの女がそれでもフェイトちゃんを傷つけるようなことがあれば……この手で倒します」 小鳥遊が決意を込めて拳を握りしめる。 「そんなことをしたら……」 「多分一生恨まれるでしょうね。でも、誰かがやらないといけないんです。もしもの時は協力してくれますか?」 「あんたは正直いけすかない野郎だけどね、フェイトの幸せを願ってくれている。そこだけは信じてやるよ」 アルフは不敵に笑い、小鳥遊と拳を合わせる。契約成立だった。 その時、アルフの尻尾の毛が逆立った。 「見つけた。ジュエルシードだ!」 小鳥遊とアルフは急いで現場へと向かった。 現場にはなのはとユーノも駆けつけてきていた。 「小鳥遊さん、こんばんは」 「お久しぶりです」 なのはとユーノがぺこりと頭を下げる。発動前のジュエルシードが草むらに転がっている。 「同時に到着ってことは、じゃんけんですね」 なのはが左手の甲を、右人差し指で押し上げる。できた皺の数で、相手の手を占うおまじないだ。 「行きます、じゃんけん……?」 なのはは首を傾げた。小鳥遊は両手をだらりと下げたまま、無言で立ち尽くしている。 「小鳥遊さん?」 なのはの呼び掛けに応じず、小鳥遊とアルフは目配せを交わす。アルフの結界が展開され、空の色が変わる。 なのはとユーノの顔に緊張に走る。 「なのはちゃん、戦おう」 小鳥遊が戦闘態勢を取り、アルフも狼に変身する。 「条約違反だ!」 「知ったことか! あたしらはフェイトの為に戦う。そう決めたんだ!」 ユーノの糾弾に、アルフは怒鳴り返す。 「なのはちゃん、ごめんね」 決意の上とはいえ、約束を破ったことに小鳥遊は深い罪悪感を覚えていた。 鞭打たれていたフェイトの姿が脳裏をよぎる。あれだけ酷い扱いを受けながら、それでも母親を愛する健気な少女を思い出す。 「でも、じゃんけんで譲れるほど、俺たちの決意は甘くないんだ!」 馬鹿な真似をしていると自覚はしている。それでも小鳥遊はもう立ち止まることはできなかった。 「お詫びに、二人とももっとちっちゃく可愛くしてあげるから!」 「「遠慮します!」」 なのはは即答し、そのまま空へと飛び上がる。ユーノもアルフの爪をバリアで受け止めていた。 空中で小鳥遊となのはが激突する。速度は小鳥遊の方が遅い。なのはは近づかれないよう射撃で牽制する。 「小鳥遊さん、フェイトちゃんはジュエルシードを集めて、何をしようとしているんですか? 何が小鳥遊さんをそんなに駆りたてるの?」 「俺は何も知らない。フェイトちゃんだって何も知らないよ」 「じゃあ、誰が……!?」 「小鳥遊、余計なことを言うな!」 アルフが地上から叫ぶ。 小鳥遊となのはが、同時に魔法を放とうとする。 「そこまでだ!」 突如、二人の四肢を光の輪が拘束し、黒衣の少年が結界に乱入してくる。 「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。双方、事情を聞かせてもらおう」 クロノが堂々と宣言した。 目次へ 次へ
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高町兄妹がワグナリアを訪れた最初の日の夜、バイトを終えたぽぷらは、佐藤に車で家までも送ってもらっていた。家が近いので、たまに送ってもらうのだ。 「新しいバイトさん、いい人たちだったね」 「どうせ臨時だろ。まあ、仕事さえしてくれればどうでもいい」 「もう、佐藤さんは冷たいよ」 そうこうする内に、ぽぷらの家に着く。 「それじゃあ、佐藤さん。また明日ね」 「ああ」 ぽぷらは車から降りると、いきなり街灯の下にしゃがみこむ。 「どうした?」 「なんか落ちてる。宝石みたい」 菱形の物体が街灯の光を受け反射している。 「ガラスじゃないのか?」 興味をそそられて、佐藤も車を降りた。肩越しに覗きこむと、確かに青い宝石のような物が落ちている。 「落し物は交番に届けないとね」 ぽぷらが宝石を拾おうと手を伸ばす。その時、宝石が強烈な光を発した。 「危ない!」 佐藤がぽぷらをかばう。 膨大な光が二人を包み込んだ。 その頃、なのはとユーノは、部屋で魔法の修行をしていた。音尾の家では、高町兄妹にそれぞれ個室があてがわれている。 フェレットのユーノの髭がピクリと反応する。 「なのは、ジュエルシードの反応だ。それもすぐ近く」 「うん。わかった」 なのは首から下げていた赤い宝石を取りだす。 「お願い、レイジングハート」 『Stand by Ready. Set up』 宝石がなのはの声に反応して光を放つ。 なのはの服が白を基調としたバリアジャケットに、宝石が長い杖へと変化する。 肩にユーノを乗せ、なのはの足から光の翼が生える。 「行くよ。ユーノ君」 「うん」 なのはは、窓を開けて夜の空へと飛び立っていった。 ジュエルシードの反応があったのは、閑静な住宅街の一角だった。 しかし、その場所には何もなかった。 「移動しちゃったのかな?」 ジュエルシードは使用者を求めて徘徊したり、近くにいる生物を取りこみ暴走したりする。 「だとすると、早く見つけないといけないね」 「ポプランポプラン、ランラララン!」 突如、なのはたちの頭上から声が響く。 月をバックに一人の女の子がポーズを決めていた。 真夏なのに、なぜか冬用のセーラー服を着て、手には葉っぱが二枚だけついた木の枝が握られている。 「魔法少女ぽぷら参上!」 「俺のことは妖精シュガーとでも呼んでくれ」 魔法少女ぽぷらの肩には、手のひらサイズの小人が乗っていた。白いコック服に金髪の不愛想な男だ。 「あ、あなたたちは?」 先日、なのはは黒衣の魔法少女と遭遇し、ジュエルシードを一つ奪われている。目の前の魔法少女は、果たして敵か味方か。 宙に浮きながら、ぽぷらは盛大に戸惑っていた。 変な宝石を拾ったと思ったら、魔法少女になってしまった。しかも、佐藤はどういうわけか縮んでいる。 挙句に変な格好をした女の子まで現れた。今日会った高町なのはに似ているが、他人の空似だろうとぽぷらは思っていた。 「どうしよう、佐藤さん?」 「戦うしかないだろう」 肩の佐藤は気だるげに言う。 「でも、敵かどうかもわからないし」 「いや。奴は敵だ。ジュエルシードの力で、今の俺には未来が見える」 佐藤はなのはに指を突きつけた。 「あいつは将来、ちょっとやんちゃをしただけの部下を容赦なく叩きのめし、冷酷卑劣な犯罪者からも悪魔、悪魔と罵られる恐ろしい女になるんだ!」 「私、そんなことしないよ!?」 いきなり酷い予言をされ、なのはは涙目になった。 「いや、間違いない。ここであいつを倒す方が世界とあいつの為なんだ!」 「割とノリノリだね、佐藤さん!」 「なのは、あれを見て!」 ユーノが声を張り上げる。 ぽぷらの胸元、赤いリボンに隠れて見えにくいが、ジュエルシードがきらめいている。 「ねえ、ユーノ君。これってどういうこと?」 目の前の二人は、あえて指摘しないが、今日出会ったぽぷらと佐藤だ。 ジュエルシードに取り込まれているにしては、二人は意識をちゃんと保っている。多少ノリが良くなっているようだが。 「信じられないけど、彼らは二人でジュエルシードを制御しているんだ。女の子がジュエルシードから力を引き出し、男の方がデバイスの代わりに制御する」 「そんなことできるの?」 「そうとしか考えられない。でも、いずれ取り込まれてしまうかも。なのは、封印しよう」 「うん。わかった」 ユーノが広域結界を展開する。空間を切り取ることで、現実世界に影響を及ぼさないようにする魔法だ。 『Divine Shooter』 桜色の魔力光が三つ出現し、ぽぷら目指して飛んでいく。 「行くよ、佐藤さん。必殺ぽぷらビーム!」 木の枝にしか見えない杖の先から、魔力ビームが放たれる。 「嘘!」 ビームはディバインシューターを飲み込み消滅させ、さらになのはめがけて突き進んでくる。 『Protection』 レイジングハートがバリアを発生させる。 「駄目だ、なのは!」 ユーノの切迫した声に、なのは咄嗟に横に跳んだ。 ビームはなのはのバリアをやすやすと貫き、地面を鋭く抉る。あのまま防御していたら危なかった。 見た目は普通のビームだが、威力はなのはのディバインバスターに匹敵する。 「ど、どうしよう、佐藤さん。なんかすごい威力なんだけど」 撃った張本人が動揺していた。 「安心しろ。この魔法は非殺傷設定だ。直撃しても気絶だけで済む」 「便利な能力だね。それならもう一度、必殺ぽぷらビーム!」 再びビームが飛来する。回避するなのはを追いかけるように、連続でビームが放たれる。 いつまでも避けられないと悟り、なのははレイジングハートをぽぷらに向ける。 「それならこっちも」 『Cannon Mode』 レイジングハートの先が大砲へと変化し、引き金が出現する。 「ディバインバスター!」 なのはが引き金を引くと、砲口から桜色の光線が放たれる。 ぽぷらビームとディバインバスターが正面から激突する。しかし、ビームがバスターを切り裂いて突き進む。 「きゃあああああああ!」 ぽぷらビームが直撃し、なのはが吹き飛ばされる。バスターである程度相殺したが、バリアジャケットを損傷し、それなりのダメージを受けた。 最大威力に大差はないようだが、ぽぷらの方が魔力チャージにかかる時間が圧倒的に早い。 「そんな、なのはが撃ち負けるなんて……」 ユーノが愕然とぽぷらを見上げ、怪訝な顔になる。 「あれ?」 ユーノはしきりに目をこすった。目がおかしくなったのかもしれない 「あれ?」 同じ言葉がぽぷらの口からも出た。 いつの間にかぽぷらの背が、肩に乗っていた佐藤と同じくらいに縮んでいる。 「ど、どういうこと?」 「説明しよう。魔法少女ぽぷらは魔力ではなく、身長を消費して魔法を使っているのだ」 佐藤が答える。 そもそもこの世界の魔力保持者は希少だ。その例に漏れず、佐藤とぽぷらも魔力を持っていない。ジュエルシードは、ぽぷらの身長を代価に魔力を与えてくれていたのだ。 「じゃあ、魔法を使えば使うほど、私、ちっちゃくなっちゃうの!?」 「そうだ。ちなみに魔力と違って身長は自然回復しない」 「佐藤さん! どうして最初に教えてくれなかったの!」 「今情報が送られてきたんだ」 「もおぉぉおおおおお! これじゃ私、バイトにも学校にも行けないよ!」 「安心しろ」 「えっ? もしかして解決策があるの?」 「俺もこのままだ」 「余計悪い!」 ぽぷらが佐藤に文句を言う。このままでは二人とも一生縮んだままだ。佐藤は普段と変わらないようだが、顔が青ざめている。相当困っているようだ。 「え~と?」 「どうやら戦意を喪失したみたいだね」 口論を始めるぽぷらたちを、なのはとユーノはぽかんと見上げていた。 「ちょっとかわいそうだね。何とかしてあげられないかな? ユーノ君」 「もしかしたら、助けられるかも」 「ホント!?」 ユーノの一言を聞いたぽぷらが顔を輝かせて近づいてくる。 「うん。そのジュエルシードは身長を魔力に変換できるんだよね。それなら、逆に魔力を注ぎ込めば、身長に変換してくれるかも」 「お願い。助けて、フェレットさん。さっきまでのことは謝るから!」 「ねえ、助けてあげようよ」 「わかった。じゃあ、なのは。レイジングハートをジュエルシードにかざして」 なのはが教えられた通りに、杖の先からジュエルシードに魔力を注ぎ込む。するとぽぷらの背が元に戻っていく。 「よかった。成功した」 「やった!」 ぽぷらは両手を上げてはしゃいでいる。そこでふと気がついた。 「じゃあ、魔力を注げば、もっとおっきくなれるってこと?」 「それは無理だ」 佐藤の背もぽぷらと一緒に元に戻っていた。 「人間には容量ってものがある。風船と同じだな。しぼんでいる風船にはたくさん空気が入るが、限界まで膨らんだ風船にそれ以上空気は入れられない。無理して入れれば破裂してしまう」 「つまり、これが私の限界なの?」 ぽぷらは落ち込んで道端にうずくまってしまう。佐藤がなのはたちに顔を向ける。 「悪かったな。どうやらあんたらは敵じゃないようだ。それなら、事情を説明してくれないか? 正直、ジュエルシードがよこす情報は、断片的すぎてよくわからん」 「う、うん。いいけど……」 なのはとユーノからすれば、佐藤は雲を衝くような大男だった。不愛想に見下ろされ、なのはとユーノは少し怯えていた。 町を見下ろす高層ビルの上に、金色の髪をツインテールにした一人の少女が座っていた。黒いマントとレオタードのような衣装を身にまとい、手には長柄の黒い斧を持っている。 かつて、なのはと戦った魔法少女フェイト・テスタロッサだ。手持ちのジュエルシードは二個。 「フェイト。ただいま」 「お帰り。アルフ」 額に宝石がついたオレンジの毛並みの狼が空から下りてくる。フェイトの使い魔アルフだ。 フェイトは眼下に広がる町並みを眺めながら考え込む。 「それにしても、どうしてここにジュエルシードが集まったんだろう?」 「考え過ぎだよ。ただの偶然だって」 アルフはそう言うが、フェイトはどうも腑に落ちない。まるで何かに引き寄せられるようにジェルシードが北海道に集結しているのだ。 「まあいいや。ジュエルシードの反応は二つだね。片方にはあいつらが向かったみたいだよ」 「そう」 「あれだけ痛い目に遭ったくせに、まだ懲りないようだね。とっとと諦めればいいものを」 アルフが目に凶暴な光をたたえる。 「今日はいいよ。もう一つの方に向かおう」 「わかった」 フェイトとアルフは空を飛び、もう一つの現場へと向かった。 薄暗い路地に男がうずくまっていた。ジュエルシードの反応は男から出ている。 「さ、早く封印しちまおう」 フェイトたちが慎重な足取りで近づくと、男がすっくと立ち上がる。 「ふ、ふははははははははは!」 男がいきなり哄笑を上げる。黒ずくめの服に黒いマント。胸元にはジュエルシードが張り付いている。 「我が名は魔王小鳥遊! さあ、我が前にひれ伏せ!」 それは変身した小鳥遊宗太の姿だった。 「相当いっちゃてるね。フェイトは下がってな。こんな奴、あたし一人で充分だ」 アルフが、狼の耳と尻尾を残したまま人間の女性に姿を変える。 アルフが右手をかざすと、光の鎖がタカナシをとらえようとする。相手を拘束するバインドの魔法だ。 「ふん。年増がこの俺に敵うと思うか!」 小鳥遊が魔力を解き放つと、光の鎖が消滅する。 「消えた!?」 「もう一度!」 小鳥遊が手をかざす。 アルフが体を横にずらすと、背後の街灯がみるみる縮み、杖くらいのサイズになってしまう。 「物体を縮小する魔法!?」 「この力があれば、あらゆるものをちっちゃくすることができる。ふはははははは! この世を楽園に作り変えてやる!」 「アルフ。彼の体をよく見て」 目を凝らすと、細い糸が小鳥遊を拘束していた。アルフのバインドは消えたのではなく、縮んでいたのだ。小鳥遊は易々と糸を引きちぎる。 フェイトが四つの雷球を放つ。 「縮め!」 小鳥遊の直前で雷球が爪の先ほどの大きさになる。命中するが、静電気ほどの痛みも与えられていない。 物体だけでなく、あらゆる魔法を縮小、弱体化できるようだ。 「アルフ、下がって。こいつ、かなり強い」 フェイトは小鳥遊と対峙する。すると、小鳥遊がいきなりよろめいた。 「か、」 「か?」 「可愛い!」 小鳥遊が顔を紅潮させながら叫んだ。 「うおおおおおおおお!」 タカナシが雄叫びを上げながらフェイトめがけて走ってくる。 「ひっ!」 正体不明の迫力に、フェイトの腰が引ける。 「フェイトに近づくな!」 アルフが小鳥遊の懐に飛び込み、拳を胸に叩き込む。 「ぐっ!」 「耐えた!?」 アルフの全力の拳に、タカナシは足を止めただけだった。どうやらジュエルシードの影響で耐久力も向上しているようだ。 「アルフ、逃げて!」 小鳥遊が手をかざす。アルフは咄嗟にバリアを張るが、瞬時にバリアが縮んでいく。第二撃が放たれる寸前で、アルフは後ろに跳んで距離を取った。 「あの男、一体なんなんだい!」 たった一個のジュエルシードの暴走で、フェイトとアルフがここまで手こずったのは初めてだった。 「違う。彼、ジュエルシードに取りこまれてなんかいない」 「どういうこと?」 「たぶん彼の願望の強さが、ジュエルシードを上回ったんだ」 ジュエルシードを制御しているわけではなく、取りこまれたわけでもなく、暴走したジュエルシードと共生している。普通ならあり得ない現象だ。 「そんな馬鹿な! どんだけ強い願望なんだい!」 「分が悪い。アルフ、ここは撤退しよう」 人間の意識が残っているなら、放っておいてもそれほど影響はないだろう。 「バルディッシュ」 『Yes, Sir』 フェイトの指示で斧の形をしたデバイス、バルディッシュから強烈な光が放たれる。小鳥遊がマントで目をかばう。その隙に、フェイトとアルフは離脱する。 「ちっちゃいもの、カムバーック!!」 取り残された小鳥遊の嘆きが、夜空に吸い込まれて消えていった。 フェイトたちは根城にしている部屋に戻ると、ようやく一息ついた。 「ええい、忌々しい!」 アルフはドッグフードを取り出し口に含むと、バリバリと乱暴に咀嚼する。あの小鳥遊とか言う男のせいで、今日はジュエルシードを一個も回収できなかった。 こんなことがばれたら、あの女に何を言われるかわかったものではない。 「うん。本当に厄介だね」 攻撃にも防御にも転用可能な縮小魔法。アルフのパンチにも平然と耐える頑強な肉体。 ジュエルシードを封印する方法は二つ。直接接触で封印するか、大威力魔法をぶつけること。大威力魔法は縮小されて効果がない。接近すればこちらが縮められてしまう。倒す方法が思い浮かばなかった。 『フェイト』 「母さん」 通信画面が開き、長い黒髪の女性が顔を出す。整った顔立ちをしているのだが、どこか不吉な影をまとっている。フェイトの母親、プレシア・テスタロッサだった。 フェイトが怯えた顔を、アルフが険悪な顔をする。今日の失態を叱られると思ったのだ。 『これから指示を出します』 二人の予想に反し、プレシアは淡々と言った。 目次へ 次へ
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あらすじ 「シャイミーを渡すのだ! さもなくば…」 荒涼とした惑星の中心に立つ神殿の中で一人の娘が邪悪な手の中でもがいていた。エクリプスの手の中に捕らえられたピンクの人間態のさくらが居て闇の空間に包まれる。彼女の服が闇に染まるごとに変わり、美しく輝いていた青い宝石がどす黒く変わっていった。 「私は闇さくら。あなたの忠実な僕です」 一人の少女がエクリプスの足元に跪き邪悪な笑みを浮かべた。 ある夜、月の輝く晩にいきなり空から輝く物体がかぐやの家の竹林に落ちてきた。瞬間的にまばゆく光ったがすぐに光は消え、元の暗闇へと戻る。異変に気づいたかぐやが窓の外を見る。周囲は静かで祖父母が起きた様子もない。かぐやがパープルと一緒に竹林へ行くと誰かが倒れているのがわかった。「これはボウケン星の住人プル」と驚くパープル。急いで部屋に連れて行き介抱すると、しばらくして意識が戻った。「私の名前はピンクと言います。ボウケン星から逃げてきました」と自己紹介するピンク。ダークネスが全ての住人を闇に変える前に光の神殿に逃げ込んで脱出できたという。二匹だけでない生き残りがいたことにはしゃぐパープルの脇で、一層の責任の重さを感じ暗い表情のかぐや。 翌日、オレンジとまひるもかぐやの家にやって来た。ボウケン星の奪還に向けて意気のあがる二匹とまひる。「でも本当に私たちができるのかしら?」と懐疑的なかぐや。「大丈夫、絶対できるよ!」と前向きなまひる。ピンクをどちらの家で預かるかについては、ピンクの希望もあってかぐやの家に居候することに決まった。 その晩、ピンクが夜中に目を覚ます。かぐやとパープルはぐっすりと眠っていて起きる気配はない。月は雲にでも隠れているのか闇が濃い。その闇の中でゆっくりとピンクが一人の少女に変身する。彼女の名前はさくら。ピンクもまた人間態に変身できたのだ。ピンクはかぐやの枕元に座り、ゆっくりと右手を伸ばす。両目をつぶってかぐやの心を探る。『この子の心の中には闇があるわね…』 かぐやの心を探りつつ小さな闇の種(イメージ)を蒔く。「あなたが一人でプリキュアになれないのは完璧ではないからよ」「朝比奈さんは完璧だから一人で変身できる」「くやしいのね。今までは一人全部できたのに、彼女のせいで上手くいかないのよね?」 さくらの蒔いていく闇の種一つ一つがかぐやの心に悪夢が生じ、小さい悲鳴とともに飛び起きるかぐや。部屋は朝の光の中に包まれており、二匹はそれぞれの寝場所で眠っている。「何だか、嫌な夢を見たわ…」 冷や汗をぬぐうかぐや。 その日からなぜかかぐやはまひるに対して避けるような気持ちになっていることに気づいていた。まひるの方もクラブが忙しかったりでかぐやに構う余裕が少ない。放課後、帰りが一緒になってもピンクの世話を口実に別々に帰ったりするかぐや。 「月宮さん、どうしちゃったんだろうね?」 まひるがオレンジと話していると部屋のドアをノックする音が。慌ててぬいぐるみの振りをするオレンジ。「お母さんが買い物行ってきてって」と顔を出すあさひ。「あさひが行けばいいじゃない~」とゴネるものの手が空いているのがまひるだけということもあって、買い足しの商品を買いにスーパーへと出かける羽目に。 商店街を歩いているとふとかぐやに出会った。エコバッグを抱えているところを見ると彼女も何かお使いを頼まれたようだ。「あ、月宮さんもお使い?」 まひるが声を掛けるとちょっとうなづいて去るように行こうとする。思わず腕をつかんでしまうまひる。「何、どうしたの? 最近あんまり話してないし!」「別に何でもないわよ」 そんな二人の姿を影からこっそりと見つめている少女の姿があった。彼女が闇の仮面を取り出し、何かにそっと掛ける。それは、かぐやが掴まれた腕を振り払おうとしたのと同時だった。商店街の景色がぐにゃりと曲がり、闇の空間が発生した。「闇の空間レジ! プル!」お互いのバッグから顔を出すオレンジとパープル。空間はたちまち広がり、商店街を包み込む。無人の商店街が不気味に広がり、クライナーが現れた。 「変身しなきゃ!」 まひるがキュアパストを取り出すが、かぐやは前に変身できなかったシーンがフラッシュバックしてきて呆然としてしまう。「月宮さん、どうしたの!」 まひるの声にハッと我に返るかぐや。キュアパストを使い変身するも、いつもの強気さが感じられない。そのせいか二人で立ち向かうがコンビネーションが取れず、バラバラな攻撃で弾き返され建物に突っ込んでしまう。 「サンディ、あんな巨大なクライナー、倒すのは無理よ」 何とか瓦礫の山から立ち上がったもののナイトの顔には怯えの表情が浮かんでいた。「…私には無理」「大丈夫だって、ナイト! いつものクライナーと同じだよ!」 サンディが叫ぶ。ナイトの目にはクライナーの姿が巨大に見えているようだ。「しっかりして! ナイト、どうしたの!」 サンディがナイトの肩をつかんで揺する。それに反応したようにナイトが叫んだ。「必殺技よ!」「う、うん…」 急に元気を取り戻したかのようなナイトにびっくりしながら、必殺技を発射した。同時に指を鳴らす音が聞こえクライナーが消える。同時に闇の絶対空間が消える。 不意のことに驚きながらも変身を解くと、そこにはいつもの商店街があった。その光景にホッと胸をなでおろすまひる。 「何だったんだろうね? クライナーが突然消えちゃったし…」 まひるがそう言いながらかぐやを見ると彼女を見るかぐやの目に何とも言えない影が浮かんでいるような気がした。何故だろう、言いようもない不安をまひるは感じた。「月宮さ…」「ご…ごめんなさい…! ちょっと放っておいて…」 まひるの声を振り切るようにかぐやが走り出す。残されたまひるは彼女の後姿を見送るしかなかった。 「ただ、引き離すだけじゃ駄目。心のつながりも切らないとね、エクリプス様!」 電信柱の上で彼女らのやり取りを眺めていた少女が不敵な笑みを浮かべていた。 内容(ストーリー) (作品内にこんなシーンが欲しいという設定やイラストを記載します) 09.02.17設定 闇さくらが転校生として学園にくる話? 大会などでまひるのクラブが忙しくなりかぐやとの接触が減る ↓ そんな時、転校生がやってくる ↓ 同じ転校生ということでさくらがかぐやに近づく(まひるは安心して隙ができる) ↓ かぐやとさくらが接触するうちに友達についていろいろと吹き込まれる ↓ 本当の友達とは何なのか考えてしまうかぐや ↓ 何かトラブルがあってその時にまひるでなくさくら側についてしまうかぐや 大した接触もないので転校生でなく、単なる近所の知り合い程度にする? ピンクの状態で「ボウケン星」から逃れてきたという設定。ピンクの状態でオレンジとパープルを安心させ、まひるとかぐやを惑わせる(この設定が採用されました!) 闇さくら体への変身は戦闘時にする?(洗脳時には人間態であることが望ましい) のちに洗脳とけるきっかけ部分として仲間や助けを求める。闇化してつるんでる間の記憶でかぐやが「あの子も操られてるだけで(わたしがまひるを求めてたように)助けを求めてる」ともっていく。 15話以降に闇さくらが出てきたときに「ピンクを助けなきゃ!」っていうことをわからす手間が省ける。 アバンは、闇さくらが洗脳される回想シーンが欲しい 「シャイミーを渡すのだ! さもなくば…」 荒涼とした惑星の中心に立つ神殿の中で一人の娘が邪悪な手の中でもがいていた。エクリプスの手の中に捕らえられたピンクの人間態のさくらが居て闇の空間に包まれる。彼女の服が闇に染まるごとに変わり、美しく輝いていた青い宝石がどす黒く変わっていった。 「私は闇さくら。あなたの忠実な僕です」 一人の少女がエクリプスの足元に跪き邪悪な笑みを浮かべた。 09.02.19設定 次のシーンを加えて伏線化する 月宮家で会合を持ってまひるが「ボウケン星の解放は出来るよ」って言う時に 「一人で変身になったし」 「あなたはできても・・・わたしは」 「すぐできるようになるよ!」 なんて会話があるとピンクのかぐやへの操作への伏線にも善いんじゃないかと思った 登場幹部は闇さくら。 登場クライナーはシャドウクライナーです。 第13話の別あらすじ案が文字掲示板に掲載されています。 次回予告 まひる「ねぇ、解散って誰が解散するの?」 かぐや「プリキュアでしょ……」 まひる「プリキュアが解散するってことは、次回最終回?」 かぐや「さぁ?」 まひる「『普通の女の子に戻りたーい』とか言っちゃってコンサート開いちゃったりとか!」 かぐや「あのねぇ……」 まひる「プリキュア卒業記念写真集とか! えーと、それから、それからー」 かぐや「シリアスぶち壊しね」 ま&か「冒険! プリキュアデイズ、『プリキュア解散!? 闇に囚われたかぐや!』」 かぐや「キラキラ光を探してみたい!」 まひる「光が見つかるといいね!」 第13話のタイトル候補 「さくらって誰? ボウケン星からの訪問者」 「闇からの逃亡者! ピンクがやってきた!」 「闇からの逃亡者!? ピンクって何者?」 「闇からの逃亡者! ピンクって何者!?」 から話し合いで「闇からの逃亡者! ピンクって何者!?」が選ばれました。 第13話の話合いの際に出された全体の設定メモ 09.02.19設定 闇さくらについて 闇さくらのクライナー生成能力は、エクリプスによって洗脳されたことによって一時的に与えられている。 闇さくらの時には高圧的な態度で話す。通常時は、ピンクで設定されている話し方で。 シャイミーカードの使用について 第15話の闇かぐや解放の時にシャイミーをアイテムとして絡めてみるのも面白いので一考する(基本は使用しない方向で!)
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夏休みに入る直前、高町恭也、美由希、なのはの三兄妹は、自宅の居間で父親の士朗に頼みごとをされていた。 「北海道に行けだって?」 大学一年生の黒髪の青年、恭也は困惑する。夏休みは恋人の月村忍とデートの予定がすでに入っていたのだ。 「急な話で悪いんだが、実は昔の知り合いがファミレスの店長をやっていてな。今度の夏休みに人手が足りなさそうなんで貸してくれと……」 心底申し訳なさそうに、士朗は顔の前で両手を合わせる。 「翠屋はいいの?」 三つ編みに眼鏡をかけた高校二年生の女の子、美由紀が首を傾げる。高町家は商店街で喫茶店を経営している。忙しいのはこちらも同じはずだが。 「ああ。家の心配はしなくていい。バイトの子たちもいるから、どうにかなるだろう。向こうも別にフルにシフトが入ってるわけじゃないから、お前たちはついでに北海道旅行を楽しんできなさい」 「私も行っていいの? ユーノ君は?」 小学三年生の栗色の髪をツインテールにした少女、なのはが顔を期待に輝かせる。 「ああ、もちろんいいぞ」 「やったね、ユーノ君」 なのはが足元にいるフェレットに声をかける。 「でも、子どもたちだけで旅行なんて」 母親の桃子が苦言を呈する。 「恭也と美由希はもう大人だし、なのはだってしっかりしてるから平気だよ」 「父さん……もしかして母さんと二人っきりになりたかっただけじゃ?」 「そ、そんなことはないぞ」 士朗が慌てふためきながら弁解する。どうやら図星のようだ。 (よかったね、ユーノ君) (うん。残りのジュエルシードが北海道にあるってわかって、困ってたからね。まさに渡りに船だよ) なのはが他の人に聞かれないよう念話をユーノに送る。フェレットの姿をしてるが、ユーノの正体は魔法世界の住人だ。 なのははユーノとともに、危険な魔法のアイテム、ジュエルシードを人知れず封印している魔法少女なのだ。現在、なのはが持っているジュエルシードは三個。後十八個集めなければいけない。 こうして、高町兄妹は北海道へと旅立っていった。 北海道に着くなり、高町兄妹は目的の店へと向かった。 北海道某所、ファミレス、ワグナリア。 「店長の白藤杏子だ。よろしくな」 事務机に座った二十代後半の女性が告げる。髪を肩口で切りそろえたクールな雰囲気の女性だ。 「よろしくお願いします」 三兄妹が元気よく挨拶する。恭也は白いシャツに蝶ネクタイと黒いズボン、美由希となのはは白いシャツに黒いリボンとミニスカートをはき、エプロンをつけている。これがこの店のフロアの制服だ。 なのはは別に手伝わなくてもよかったのだが、本人の強い希望で、社会見学の名目で許可された。 ちなみに動物は入店禁止なため、ユーノは外で待機している。 夏休みに入り、バイトやパートたちがこぞって旅行や遊びに出かけてしまったのが、ワグナリアの人手不足の原因だった。 「ところで、宿泊先も白藤店長が用意してくれるという話でしたが、それなら別のバイトを雇った方が安上がりだったのでは?」 恭也が質問した。宿泊費にバイト代もちゃんと払う約束になっている。 「それなら、大丈夫だ。ほれ」 杏子は恭也に宿泊先の地図と鍵を渡す。 「ここのマネージャー音尾は、行方不明の妻を捜して旅に出ていてな。当分家に帰る予定はないから、好きに使っていいそうだ」 「………………」 つまりこのファミレスは責任者不在ということか。赤の他人を自分の家に泊めるというのも不用心な話だが、マネージャーは長い旅暮らしの為、貴重品はすべて持ち歩いているらしい。 「杏子さんはお父さんとどうやって知り合ったんですか?」 続いて、なのはが質問した。住んでいる場所も年齢も違う士朗と杏子の接点が、どうしてもわからない。 「ん? 私が高校生の頃、戦ったことがあるんだ」 「お父さんと?」 父親の士朗は、現在は引退しているが、小太刀二刀御神流の達人でかなりの実力者だ。恭也と美由希も幼少より習っているが、まだ父親の域には達していない。 「じゃあ、杏子さんも強いんですね」 「さあな。だが、お前の親父は強かったぞ。後にも先にも、私の釘バットを真っ二つにしたのは、あの男一人だ」 「釘バット?」 なのはには聞き慣れない単語だった。てっきり杏子も剣術を学んでいると思ったのだが。 「知らないのか? バットに……」 「白藤店長、それ以上の説明はいりません。なのはも気にしないでいいからな」 恭也が引きつった顔で、なのはを杏子から遠ざける。どうやら杏子は昔ヤンキーだったようだ。 「それと、最初に言っとくが、仕事に関して私は一切助言しないので、そのつもりで」 「それは見て覚えろと?」 随分厳しいファミレスだと、恭也と美由希は驚く。 「いや……あんまり仕事しないから知らないんだ、私」 「……恭ちゃん。この店、大丈夫かな?」 「さあ」 恭也も美由希もいきなり不安を感じていた。 「なので、仕事に関しては、こいつに訊いてくれ」 杏子に呼ばれ、ボリュームたっぷりの髪をポニーテールにした元気な女の子が事務室に入ってくる。どう見ても小学生くらいだ。 「私、種島ぽぷら。よろしくね」 「よろしくね、ぽぷらちゃん」 近い年齢の子がいると知って、なのはが喜んでぽぷらの手を取る。 どうして小学生が働いているのか不思議に思ったが、尋ねる前に杏子とぽぷらが話を先に進めてしまう。 「では、種島。他のメンバーの紹介をしてやってくれ」 「はーい」 恭也たちはぽぷらに連れられて、仕事場へと向かった。 フロアからは客席が一望できる。お昼時を過ぎて暇な時間帯らしく、客席には人がまばらにしかいない。その中を一人の制服の女性が動き回っていた。 長い髪に優しげな笑顔の美人だった。女性はてきぱきと慣れた様子で仕事を片づけていく。 その姿を見て、恭也たちは冷や汗を流す。 「ねえ、恭ちゃん。あれ、刀だよね?」 「ああ、間違いない」 女性の腰には日本刀が吊り下げられていた。それが歩くたびに、がしゃがしゃと音を立てている。 客たちの反応は二種類だった。まったく刀を気にしていない者と、不安そうに刀から目を離せない者。一人の勇気ある若者が質問しようとしたが、女性の笑顔に結局何も言えなくなってしまう。 「あれがフロアチーフの轟八千代さん」 「……あの人がチーフなんだ」 仕事を終えた八千代が恭也たちの方にやってくる。 「あら、あなたたちが新人さんね。杏子さんから話は聞いてるわ。これからよろしくね」 「よろしくお願いします」 三人並んで頭を下げる。すると、否応なく刀が目に入る。 「あの……どうしてチーフは帯刀しているんですか?」 「実家が刃物店なのよ」 答えになっていないと思ったが、口には出さなかった。 「ちょっと見せてもらっていいですか?」 興味津々な様子で、美由希が刀を指差す。美由希は刀剣マニアだった。 「お、おい、美由希」 「ええ、いいわよ」 恭也が止めようとするが、八千代は気にせず刀を美由紀に渡す。 美由希は刀身に息や唾がかからないようハンカチを口にくわえる。本当は懐紙でやるのだが、ないので代用している。慎重な手つきで、刀を鞘から抜く。摸造刀ではなく、ちゃんと刃のついた真剣だった。 美由希はうっとりとした様子で刀身を眺める。実戦を想定した質実剛健な造りで、観賞用の刀にはない迫力がある。 美由希の顔が少し引きつった。この刀、明かに使用した形跡がある。それも一度や二度ではない。刀を鞘にしまい八千代に返す。 「あの、八千代さん。八千代さんも剣術を習ってるんですよね?」 「いいえ」 「じゃあ……」 いつ使ったのか訊こうとするが、八千代は邪気のない満面の笑みを浮かべている。 「いえ、何でもありません」 先ほどの客と同様、結局美由希も何も言えなかった。 そして、恭也は、 「……あれがありなら、家でも試してみるか? 常に帯刀しているだけでも修行になるし」 新たな修行法を真剣に模索中だった。 「八千代、ラーメンできたぞ」 「はーい」 真っ白なコックの服を着た金髪の男がキッチンから顔を出す。長身で顔もいいが、どうにもヤンキーっぽい。かすかに香る煙草の匂いからヘビースモーカーであることも窺える。 「この人がキッチン担当の佐藤潤さん」 「よろしく」 佐藤は不愛想に挨拶する。こちらに興味がないのか、それきり厨房に戻ってしまう。 「ちょっと怖い感じの人だね」 美由希が言うと、ぽぷらは首を振った。 「そんなことないよ。そりゃ、ちょっと意地悪だけど、佐藤さん優しいよ」 ぽぷらは背も低いし力もないので、仕事の大半を佐藤に手伝ってもらっている。仕事を頼む時、佐藤は嫌な顔一つしない。 「……そうなんだ」 美由希はコップが置かれている棚を見上げた。確かにぽぷらの背では、踏み台くらい持ってこないと届かないだろう。 「ぽぷらちゃんは、どうして小学生なのにバイトしてるの? お手伝い?」 「小学生じゃないよ! 私、高校二年生だよ!」 「嘘、私と同い年!?」 衝撃の告白に美由希が驚く。 身長は、なのはより少し高いくらい。なのはと同い年と言われた方がよほど信じられる。しかし、よく見ると身長とは不釣り合いに、胸がやけに膨らんでいる。 美由希は自分の胸と比べてみて、 「ごふっ!」 取り返しのつかないダメージを受けた。 「おい、どうした?」 「お姉ちゃん、しっかりして」 「大丈夫ですか?」 倒れかける美由希を、恭也、なのは、ぽぷらの三人が支える。その時、美由希の腕がぽぷらの胸に当たった。腕に返ってくる柔らかい感触。それがとどめだった。 (……あ、本物だ) 美由希の意識は、深い闇の底へと沈んで行った。 休憩室の椅子を並べて簡易ベッドを作り、そこに美由希を寝かせた。 恭也は杏子に向かって頭を下げる。 「すいません、白藤店長。いきなりご迷惑をおかけして」 「まあ、今日は制服合わせと顔見せだけのつもりだったから問題ないが、高町姉は何か持病でも?」 「いえ、健康そのもののはずなんですが……長旅で疲れたのかな」 恭也としても首を傾げるしかない。 「ん……」 そこで美由希が目を覚ました。 「大丈夫か?」 「高町姉。体調悪いなら、無理しなくていいぞ」 「大丈夫です。ご心配おかけしました」 美由希は頭を振って立ち上る。あの身長の相手に負けたのはショックだったが、もう気持ちの整理はついた。それにスタイルならば、杏子の方が圧倒的だ。 「私、お水貰ってきます」 なのはが厨房へと走っていく。 「うおおおおおおおおお!」 その後すぐ、謎の雄たけびが響いてきた。 「なのは!?」 恭也は血相を変えて、なのはを追いかける。 「あはははははは! か-わーいーいー!」 眼鏡をかけた男が、左脇にユーノを抱えて、右手でなのはの頭を撫でまわしていた。 至福の表情を浮かべて撫でまわしてくる男に、なのははどう対処しようか困っていた。 男が変態であると恭也は即断定する。 「妹から離れろ!」 変態を取り押さえようと腕を伸ばす。しかし、変態は逆に恭也の腕をつかみ返し、関節を極めようとしてくる。どうやら変態は、護身術を習っているようだった。しかもかなりの熟練者だ。 恭也は必死に腕を振り払い、距離を取った。 御神流は、小太刀だけでなくあらゆる状況を想定した鍛錬を行っている。格闘技も下手なプロより強い自信があるが、相手は素手に特化した達人だ。負けはしないが、少々手こずるかもしれない。 「いきなり何するんですか!」 「黙れ、変態!」 変態の抗議に、恭也は怒鳴り返す。 「やめなさい!」 甲高い声が二人を仲裁する。ぽぷらが息を切らせて、二人の間に割って入る。少し遅れて美由希もやってくる。 「もう駄目だよ、かたなし君。いくらちっちゃい子がいるからって、いきなり撫でまわしたりしたら」 「すいません。あまりの感激に、つい我を忘れて……」 ぽぷらにたしなめられ、変態が素直に謝る。 「高町さんも駄目だよ。同じバイト仲間に暴力振るったら」 「バイト仲間? こいつが?」 「初めまして。小鳥遊(たかなし)宗太、高校一年生です」 変態が礼儀正しく一礼する。 「“しょうちょうゆう”とか、“ことりあそび”だとか言われますが、タカナシです!」 珍しい名字に苦労しているのか、やたら力説してくる。 「高町恭也だ」 「高町美由希です。名字だと兄と被るので、気軽に名前で呼んで下さい」 先ほどのやり取りを見ていない美由希が、笑顔で小鳥遊に挨拶する。 「……年増か」 二人を見て、小鳥遊が吐き捨てるように呟く。 美由希のこめかみに青筋が浮かんだ。 「八千代さーん。もう一度刀貸してもらっていいですかー?」 「落ち着け、美由希!」 「離して、恭ちゃん! 女には殺らなきゃいけない時があるの!」 いくら小鳥遊が強くても、刀を持った美由希なら一刀両断できる。恭也が美由紀を押さえている間に、小鳥遊は更衣室へと行ってしまう。 「ごめんなさい。かたなし君は重度のミニコンなんです」 ぽぷらが申し訳なさそうに謝る。ちなみにぽぷらはどうしてもタカナシと発音できず、かたなしと呼んでしまう。 「ミニコン?」 恭也も美由希もロリコンしか知らない。 「病的にちっちゃいものが大好きで、十二歳以上の人を年増扱いするんです」 「それはロリコンと違うのか?」 「いえ、ちっちゃいものが純粋に好きなだけで、恋愛感情とかは特にないみたいで……」 子供や小動物だけでなく、虫や微生物まで小鳥遊はこよなく愛する。 「ふーん。世の中にはいろんな人がいるんだね」 ユーノを取り戻したなのはが感心したように頷く。 「白藤店長」 「どうした、高町兄妹」 恭也に呼ばれ、杏子が歩いてくる。 「すいません。今日はもう帰っていいですか? 他のメンバーはまた後日と言うことで」 「? ああ、別に構わんぞ。どれ、高町姉の具合も悪そうだし、私が車で送って行ってやろう」 「ありがとうございます」 口で礼を言いながらも、恭也の顔は引きつっていた。こんな変態の巣窟に、なのはを一秒たりとも置いておきたくなかった。 目次へ 次へ
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翌日、小鳥遊がバイトに出ると、なのは、佐藤、ぽぷらがフロアで待ち受けていた。 「皆さん、お、おはようございます」 「おう」 「小鳥遊さん」 なのはが真摯な瞳で小鳥遊を見上げる。奥では、小鳥遊が変な動きをしたら即座に反応できるよう、恭也と美由希がナイフとフォークを構えていた。 「フェイトちゃんは、どうしてジュエルシードを集めているんですか?」 「……ごめん。言えないんだ」 「それはわかってます。でも、小鳥遊さんが協力するってことは、それだけの理由があるんですよね?」 小鳥遊が理由を言えないのは、フェイトに義理立てているからではなく、本当に知らないからだ。どう答えようか考えあぐねていると、来客を告げるベルが鳴った。 「あ、俺、行ってきます!」 小鳥遊は逃げるように速足で入口へと向かう。 「いらっしゃいませ。ワグナリアへようこ……」 「おはよう、宗太」 客は小鳥遊の姉の梢だった。長身の美人だが、まだ日も高いのにお酒の匂いを漂わせ、全体的にだらしない雰囲気がする。職業は護身術の講師。宗太が護身術を扱えるのも、梢の影響だ。 「ここには来るなって言っただろ。梢姉さん」 「宗太が冷たーい。私、お客なのに」 「そうだよ。お客は丁重に持てなさいとね」 梢の背後から現れたのは、人間形態のアルフだった。耳と尻尾を隠して、Tシャツにジーパンというラフな格好をしている。 「ア、アルフさん!?」 「あれ、宗太、アルフちゃんと知り合いなの?」 「梢姉さんこそ、どうしてアルフさんと?」 「いやー。店の前にいるのを話しかけたら意気投合しちゃって。ねー、アルフちゃん」 「おお、小鳥遊、あんたいいお姉さんがいて幸せだねぇ」 梢とアルフは肩を組んで笑いあう。 入口にずっと陣取っているわけにはいかないので、小鳥遊は二人を客席に案内する。騒いでも被害が少ないよう、なるべく端の席に座らせる。 「とりあえず、ビール! じゃんじゃん持ってきて!」 「昼間っから飲むな!」 「おや。お客の言うことが聞けないのかい?」 「くっ!」 梢一人なら、家族特権で強気に出れるが――ほとんど効果はないが――アルフがいるのでそれもできない。これでは完全に嫌な客だ。 さっさと酔いつぶして寝かせた方が静かになると判断し、小鳥遊はビールを取りに戻った。その途中で、念話をアルフに送る。 (どういうつもりですか?) (鈍いねぇ。あんたが不用意なことを喋らないように、監視だよ) (俺、何も知りませんよ?) (そんなことないさ) 小鳥遊の知っているフェイトとアルフの能力をばらされるだけでも、いずれ戦う時に不利になる。 フェイトは小鳥遊を疑っていないようだが、アルフは違う。いざとなれば、付き合いの長い、なのは、ぽぷら側と結託する危険性があると考えていた。 (どんな些細でも、あんたがフェイトの不利になるようなことを言ったら、その時はガブッといかせてもらうよ) アルフが低い声音で恫喝する。 (もう少し信用して下さい。俺は約束を破ったりしません) (そういう台詞は、証を立ててから言うもんさ) 小鳥遊は梢のテーブルに大ジョッキに入れたビールを二つ置いた。 「よーし。それじゃあ、今日は飲もう、アルフちゃん!」 「いいねぇ。今日はパーッとやろう、梢ちゃん!」 「ただ飲んで騒ぎたいだけじゃないですよね?」 すでに宴会モードに入っている二人を見ながら、小鳥遊は静かに溜息をついた。 店の一角を占拠し、アルフと梢がどんちゃん騒ぎをしている。従業員は梢で慣れているのか、とりわけ大きな反応をしていない。小鳥遊は頭痛を堪えていたが。 「ねえ、恭ちゃん」 「どうした?」 「このお店って、カップル多くない?」 やたら嬉しそうに美由希が耳打ちしてくる。古今東西、女性は色恋の話が好きだ。 「そうか?」 恭也に思い当たる節はまったくない。 「ほら、見てよ」 今オーダーは入っていないので、厨房で佐藤がぼんやりとしている。その視線が自然と八千代を追っている。言われてみれば、佐藤は八千代には優しい。 「それから、ほら」 伊波がフロアの片隅を指差す。 仕事をする小鳥遊を、物陰から伊波が荒い息で見つめている。 「ね? 熱い視線でしょ?」 小鳥遊はミニコンを治す為、伊波は男性恐怖症を治す為、なるべく一緒にいるよう杏子に指示されている。 最初は犬猿の仲だったのだが、殴る伊波に小鳥遊が我慢強く付き合い続けた。やがて伊波家の問題を小鳥遊が解決し、それがきっかけとなって伊波は小鳥遊に惚れてしまった。 「きゃあああああああ!」 後ろを振り返った小鳥遊に、伊波が殴りかかっていく。小鳥遊が店の奥へと飛んでいく。どんな鍛え方をしたらあんな腕力がつくのか、恭也は教えて欲しいくらいだった。 小鳥遊の技量なら防御くらいできそうなものだが、どういうわけか常に無抵抗で殴られている。 「きっと今のは照れ隠しだね。伊波さん、可愛い」 「俺には獲物を前に舌なめずりしている猛獣にしか見えん」 殴られる恐れがないせいか、美由希の伊波の評価はやけに甘いようだった。 「そう言えば伊波さんって、私を見るたびに、悲しそうな顔するんだよね。何か悪いことしたかな?」 美由希が首を傾げる。まさか美由紀の胸を見るたびに、スレンダーな伊波が敗北感に打ちひしがれているとは夢にも思っていなかった。 「あー。腹減ったなぁ」 杏子がフラフラと恭也たちの背後を通り過ぎる。初日に宣言した通り、杏子はこれまでほとんど仕事をしていない。 「八千代ー。パフェ」 「はい、杏子さん。ただいまお作りします」 八千代が慣れた様子でパフェを杏子に差し出す。ちなみに今日これで五杯目だ。他にもせんべいなど、ひっきりなしに食べている。どれだけ巨大な胃袋なのだろうか。 パフェを食べる杏子を、八千代はうっとりと眺めている。 「あの二人、十年来の付き合いなんだって。ラブラブだね」 「……女同士だぞ?」 「だから?」 美由希はこともなげに言う。 「あ、でも、そうなると、佐藤さんと三角関係か。うわ―。恋愛小説みたい」 美由希まで赤い顔で喜んでいる。 「仲がいいと言えば……」 これ以上踏み込んではいけない気がして、恭也は厨房に目を向ける。 「彼らも仲がいい……な!?」 厨房の中で、相馬が山田をおぶっていた。いや、おぶっているのではなく、山田が無理やりしがみついているようだ。 「山田を、山田を甘やかしてください! 甘え界のホープ、や、ま、だ!」 「山田さん。仕事ができないんだけど」 相馬は迷惑そうにしているが、山田はまったく気にせず同じ台詞を連呼している。 「恭ちゃん。あれは恋愛じゃないよ」 「……そのようだな」 直球過ぎるが、妹が兄に甘えるような感じだ。もちろん美由紀となのはがあんな甘え方をしたことはない。 「で、誰から聞いたんだ?」 美由希は恋愛に聡い方ではないので、情報源がいるはずだ。 「ばれちゃったか。山田さんだよ。八千代さんと白藤店長って仲がいいねって言ったら、この店の恋愛模様を全部教えてくれた」 佐藤にばれたらお仕置きを受けるだろうが、自業自得だろう。 ふと美由希が悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「ねえ、私となのはに彼氏が出来たらどうする?」 「お前はともかく、なのはは早すぎるだろう」 「そんなことわからないよ。女の子は早熟なんだから」 「確かに大人びているが、さすがに恋人となるとな」 恭也は時々、なのはが小学三年生だと忘れそうになる。なのはだけではなく、友人のアリサとすずかも年齢以上にしっかりしているので、尚更だ。いくら子供っぽいとはいえ、高校生のぽぷらとなのはが対等の関係を築いているのがその証拠だろう。 「なのはちゃーん!」 「ぽぷらちゃん、どうしたの?」 ぽぷらがなのはに泣きつく。 「さっきのお客さんがね、『君、中学生?』だって!」 「ぽぷらちゃん、高校生なのに失礼しちゃうね」 よしよしとぽぷらを慰めるなのは。確実に間違っている光景だ。 しかし、どんなに大人びていても、なのはには親しい男友達がいないので、恋人のいる状態が想像しにくい。 「あ、それなら、ユーノ君は? ユーノ君を人間の男の子だと考えてみたら?」 「蛙じゃなくて、フェレットの王子様か。ファンタジーだな」 恭也は苦笑しながらも、もしユーノが人間だったらと考えてみた。 きっと金髪の可愛い男の子だろう。何故かパーカーに半ズボン姿まで詳細に想像できた。 なのはとユーノが二人で手をつないで歩いている光景を思い浮かべてみる。 (うん。なかなかお似合いだな) なんだか楽しくなってきて、恭也はさらにユーノを人間に置き換えてみる。 二人で一緒に食事をし、お風呂に入り、同じ部屋で寝る。この前、ユーノがなのはの頬を舐めていたが、あれはつまりキスということか。 「…………美由希、ここ任せていいか?」 「どこ行くの?」 「ちょっとあのフェレットを三枚に下ろしてくる」 恭也の両手にはいつの間にか、二刀の小太刀が握られていた。 「ねえ、どこから刀を出したの? さっきまで持ってなかったよね!?」 「じゃあ、すぐ戻る」 「待って! 今のはただの空想だから! ユーノ君はただのフェレットだから!」 「放せ、美由希! 男には殺らなきゃいけない時があるんだ!」 「それ、前に私の使った台詞!」 血気にはやる恭也を美由希が押しとどめる。その姿を、客たちが諦めたように眺めていた。すでに二人とも、ワグナリアの変人リストに名を連ねていることに、当人たちだけ気づいていなかった。 その頃、音尾の家では、ユーノが得体の知れない悪寒に襲われていた。 時空管理局所属、L級次元巡航船アースラ。 艦長室の赤い敷物の上で、リンディは静かに緑茶を湯呑に注いでいた。緑茶の中に大量の角砂糖を投入し、おいしそうに飲む。 『どうもー』 そんなリンディの横に通信画面が開いた。ただし、画像は真っ黒で何も映っていない。聞こえてくる声も音質が悪く、会話に支障はないが、相手の年齢どころか性別さえも判別できそうにない。怪しさ満点の通信だった。 「あら、久しぶりね。元気にしてた?」 しかし、リンディはにこやかに通信画面に話しかける。 『ええ、それはもう。実は今日はお願いがありまして』 「あなたがお願い? 珍しいわね」 リンディは姿勢を正した。ただ事ではなさそうだ。 『地元の知人が厄介事に巻き込まれてしまって、解決して欲しいんです。ロストロギア絡みと言えば、興味がおありでしょう?』 「ええ。もちろん。詳しく聞かせて欲しいわ」 『名称はジュエルシード。数は全部で二十一個。使い方次第では、次元震どころか、次元断層すら引き起こす危険な物です。これを二人の魔導師が奪い合っています』 次元震と聞いて、リンディの顔が険しくなる。下手をすれば、幾つもの次元世界が滅びかねない。 「他に情報は?」 『奪い合いをしている魔導師の写真は後で送ります。でも、俺が教えられるのはその程度ですね』 「どうして?」 『巻き込まれた知人が二派に分かれてしまって、どちらかに肩入れするわけにはいかないんですよ。こちらに来れば、すぐにわかると思いますので、それじゃあ、よろしくお願いします』 通信画面が消えると同時に、艦長室の扉が開く。入ってきたのは、黒いロングコートを着た少年だった。リンディの息子、クロノだ。 「母さ……艦長、今、謎の通信が。一体誰からですか?」 「そうね。一言でいえば情報屋さんかしら」 「情報屋? 魔導師ですか?」 「いいえ。次元移動したこともない一般市民よ」 「それがどうして僕らのことを知ってるんです?」 「さあ、どうしてかしらね。それより任務です。アースラはこれより第97管理外世界『地球』北海道へと向かいます」 アースラは進路を北海道へと向けた。 ワグナリアで、相馬は一人携帯電話をロッカーにしまう。やたらとごつい、まるでトランシーバーのような携帯電話だった。 山田が休憩室に入ってくる。まだ休憩時間ではないはずなので、さぼりだろう。 「おや、相馬さん。どなたに電話を?」 「うん。昔の知り合いにね」 「えっ? 相馬さんにお友達がいたんですか? かわいそうまさんのはずなのに?」 「勝手に可哀想にしないでもらえる? さてと仕事に戻ろうかな」 相馬は笑みを顔に張り付けたまま厨房に戻っていった。 その日の夕方からジュエルシード集めが始まった。 森の中で、怪鳥が羽ばたく。 「ぽぷら、右だ!」 「必殺ぽぷらビーム!」 敵の飛ぶ先を佐藤が予測し、ビームが怪鳥を貫く。 怪鳥が鳥とジュエルシードに分離する。 「ジュエルシード封印っと。やったね、佐藤さん」 ぽぷらはジュエルシードを拾い上げる。 ぽぷらが使える魔法は、飛行と直射型ビーム、念話だけだ。防御はバリアジャケットのみという貧弱さだが、そこはスピードと佐藤が敵の行動を予知することでカバーしてくれていた。 今日はほとんど縮んでいない。初戦では常に最大出力のビームを撃ってしまったので、あっという間に縮んでしまったが、最近では威力の調整もできるようになり、戦闘持続時間も延びていた。 「これで今日の仕事は終わりだな、ぽぷら」 「佐藤さんって、普段は種島って呼ぶのに、変身してる時だけぽぷらって呼ぶね。どうして?」 ぽぷらが不思議そうに佐藤の顔を覗き込む。 「当り前だ。変身してる時は、魔法少女が名字で、ぽぷらが名前なんだから。なのはと被るから名字では呼べん」 「そうなの!?」 「そうだ。つまり、変身したなのはを英語名風に表記すると、なのは・リリカル・魔法少女になる」 「リリカルってミドルネームだったんだ」 「略すと、なのは・R・魔法少女だな」 「佐藤さん。リリカルの頭文字はLだよ」 「……略すと、なのは・L・魔法少女だな」 「何事もなかったかのようにやり直した!」 「さっさと戻るぞ」 佐藤は少し赤い顔をしていた。 住宅街の片隅で、まだ発動していないジュエルシードを前に、なのはとフェイトは向かい合っていた。 なのはは唾を飲み込む。休戦条約はかわしているが、前は同じ状況で、問答無用で戦闘になった。どうしても身構えてしまう。 フェイトがバルディッシュを左手に、ゆっくりと近づいてくる。 (左手?) フェイトの利き手は右だったはずだが。 フェイトが無造作に右拳を突き出し、 「じゃんけん」 「へっ?」 「ぽん」 反射的に、なのははグーを出した。フェイトはチョキだ。 「……私の負け」 フェイトは意気消沈して去ろうとする。 「待って!」 約束を守ってくれたことが嬉しくて、なのはは思わずフェイトを呼び止めていた。 「何?」 「もし良かったら、私たち、友達になれないかな?」 なのはは自然とそんな言葉を紡いでいた。 「……さよなら」 しかし、フェイトは最後まで聞かずに飛んで行ってしまう。 夜も深まり、フェイトは集合場所に帰ってきた。 アルフも小鳥遊もまだ戻っていない。 「あの子は……どうして」 なのはの顔を思い出す。敵である自分と友達になりたいと言う少女。どうしてそこまで他人の為に必死になれるのか、フェイトには理解できない。 「ただいま」 「フェイト~。こいつ、何とかしておくれよぉ」 小鳥遊と一緒に帰ってくるなり、気味悪そうにアルフがフェイトの後ろに隠れる。アルフには魔法の知識のない小鳥遊についてもらっていたのだ。 「どうしてですか? 可愛いじゃないですか」 小鳥遊は両手に目玉のついた綿飴のような物体を抱えていた。暴走したジュエルシードだ。魔法で小さくされて、小鳥遊に頬ずりされている。 ジュエルシードは悲鳴を上げて嫌がっていた。 小鳥遊の攻撃魔法は縮小のみで、ジュエルシードの封印はできない。 「ジュエルシード封印」 「ああ、酷い!」 フェイトがいきなりジュエルシードを回収する。フェイトも少しだけかわいいと思ったのは内緒だ。 「アルフ、小鳥遊さんはどうだった?」 「う~ん。とにかく偏ってるねぇ」 アルフが困ったように頭を描いた。 防御は鉄壁だが、縮小魔法は射程距離が短く、飛行速度も遅い。相手がスピードで勝っていた場合、追いつく術がない。 今夜の戦いでも、逃走しようとするジュエルシードに置いて行かれそうになり、アルフがバインドで足止めしてどうにか捕獲できたくらいだ。 高速戦闘を得意とするフェイトとは真逆の能力だ。小鳥遊の当面の課題は、スピードアップと補助魔法の習得になるだろう。 「フェイトの方はどうだったんだい?」 「ごめんね。私はじゃんけんに負けちゃった」 「フェイト~。そんな約束守らなくても……」 「いいんだよ。私も母さんの為に早く集めたいし」 「母さん?」 小鳥遊の疑問に、フェイトとアルフは顔を見合わせる。 「ちょうどいいかも」 「フェイト、まさか」 「うん。小鳥遊さん、明日、時間ありますか?」 「朝ならバイト入ってないけど」 「よかった。じゃあ、明日、母さんに会ってもらえますか? 小鳥遊さんと協力するように言ったのって、母さんなんです」 「わかった。フェイトちゃんのお母さんか。きっと優しい人なんだろうね」 フェイトの頭を撫でながら承諾する。小鳥遊の言葉に、アルフは複雑な面持ちをしていた。 「それじゃあ、アルフ帰ろうか」 「先に行ってておくれ。あたしは少しやることが」 「? わかった。じゃあ、先に帰るね」 フェイトは一足先に隠れ家に帰っていった。 二人きりになり、アルフは小鳥遊に指を突きつける。 「単刀直入に訊くよ? フェイトのことをどう思ってるんだい?」 アルフにはどうしても不安なことがある。もし小鳥遊がフェイトに邪な感情を抱いているようなら、ここで倒しておかないといけない。 「どうって?」 「どうもこうもない。あんた、フェイトと恋人になりたいなんて考えてんじゃないだろうね?」 「まさか。むしろ父親になりたいです」 「はっ!?」 返答は、アルフの想定のはるか斜め上だった。 「ええと……つまり……付き合うつもりはないってことだね?」 どうにかそこだけ理解する。 「だから、そう言ってるじゃないですか」 「……なら、いいのかな?」 釈然としないものはあるが、アルフは無理やり自分を納得させた。 「その言葉、忘れるんじゃないよ!」 捨て台詞を残し、アルフもフェイトを追って夜空に消える。 小鳥遊にとって、ちっちゃいものはすべて愛すべき対象である。子供だろうと、小動物だろうと、虫だろうと、ミジンコであろうとそれは変わらない。 「さすがにミジンコと付き合えるわけないでじゃないですか」 もし最後の言葉を聞かれていたら、小鳥遊は今頃土の下に埋められていただろう。 目次へ 次へ
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フェイトたちは決戦の場へと転送された。 陸地はなく、海から廃墟となったビル群が生えている。時空管理局が作り上げた疑似空間だ。ここならどんな大技を使っても現実空間に被害を及ぼす心配はない。 「小鳥遊、あんたが戦いな。その方が勝率が高い」 アルフが小鳥遊のジュエルシードに手を当て、魔力を送り込む。アルフの全ての魔力を受け取り、小鳥遊が回復する。 「負けたら承知しないよ」 「任せてください」 小鳥遊とアルフは互いの拳を打ちつけ合う。アルフはよろめきながらも、巻き込まれないよう戦場の隅に移動する。 傾いたビルの屋上に腰かけると、ユーノがやってきた。 「あんたも見学かい?」 「はい。僕では、なのはたちの全力の戦闘にはついていけませんから」 どちらもこの日の為に準備をしてきた。後はどちらの知恵と力が上回るかだ。 レイジングハートとバルディッシュの先端が触れ合う。戦闘が開始された。 ぽぷらとなのはが、ビルの間を縫うように高速で飛行する。 牽制射撃を繰り返しながら、二人はどんどん加速していく。ぽぷらはクロスレンジの戦闘が苦手だ。まずは接近されないことが肝心だった。 しかし、どんなに速度を上げても、フェイトはぴったり後ろについてくる。この中で一番機動力が優れているのはフェイトだから当然だ。 (作戦通りだね) なのはが念話をぽぷらに送る。 なのはたちの目的は、フェイトと小鳥遊の分断だった。小鳥遊の弱点は、魔法の射程が短く飛行速度が遅いこと。高速で戦闘していれば、必ず遅れる。その隙に二人がかりで、フェイトを倒すのだ。 ビル群を抜け、なのはたちは開けた空間に出た。追いかけてくるのはフェイトのみ。 「かたなし君はいないね?」 「なら、一気に決着をつけよう。シュート!」 八個の魔力弾が、全方位からフェイトに襲いかかる。 フェイトは落ち着いた様子で、背後から迫る四個を迎撃する。 「必殺ぽぷらビーム!」 足の止まったフェイトをぽぷらが狙い撃つ。フェイトは高速機動は得意だが、防御には少々難がある。命中すれば倒せるはずだ。 「縮め!」 突如、小鳥遊が出現し、迫るビームと残りの魔力弾を縮小させ体で受け止める。 「小鳥遊さん、どこから出てきたの!?」 『Fire』 「なのは、下だ!」 佐藤の指示で、なのはが急降下する。頭上すれすれを電光が通過する。 なのはとぽぷらが移動を再開する。 「あれを見ろ」 佐藤が追いかけてくるフェイトの肩を指差す。自らの魔法で赤ん坊サイズに小さくなった小鳥遊がしがみついていた。これまではマントの後ろに隠れていたのだ。 「分断を狙ってくることくらいお見通し」 「ちなみに佐藤さんをヒントにしました」 フェイトが自慢げに、小鳥遊が少し青ざめた顔で言う。 訓練しても、小鳥遊の飛行速度を上げることはできなかった。ならば、佐藤のように誰かに運んでもらえばいい。 ただし、この技には弊害があった。小鳥遊が小さくなることで、あらゆる人間が年増に見えてしまうのだ。あまり長時間続けると、小鳥遊の精神が持たないかもしれない。 敵の攻撃を小鳥遊が盾となって受け止め、フェイトの電光が必殺の威力を持って迫る。二人はまるでワルツを踊るように攻守を入れ替えながら戦う。 「私たちにもう弱点はない」 「まさに最強の矛と盾。俺たちは絶対に負けません!」 なのはたちがじりじりと追い詰められていく。 「やっぱり強いね、フェイトちゃん」 なのはが感心したように言う。 「でも、私たちもこれ終わりじゃないよ」 どうやら切り札を使う時が来たようだ。ぽぷらが照準をフェイトに合わせる。 「ポプライザー!」 ぽぷらの枝からビームが放たれる。技名は初だが、普段のビームと変わらない。防ぐまでもなくフェイトはやすやすと回避する。 「ソード!」 ぽぷらがビームを放出したまま、両腕を振るう。それに合わせてビームが横薙ぎに振るわれる。 「魔力剣!?」 フェイトが驚愕し、小鳥遊がかばう。 ビームとして放出した魔力を、そのまま刀身として維持する。膨大な魔力消費と引き換えに、これまで直線の攻撃しかできなかったぽぷらに、立体的な攻撃を可能とする新技だ。 ぽぷらの背がじりじりと縮んでいく。早く勝負をつけないと、身長が持たない。 「せーの!」 ぽぷらが全長百メートルに及ぶ剣を振りまわし、小鳥遊ごとフェイトをビルに叩きつける。 ポプライザーソードの威力はビーム時の半分以下しかない。小鳥遊の防御を貫通はしないが、ぽぷらと佐藤が力を合わせ、上から押さえつけて動きを封じる。 小鳥遊が剣を小さくしようとするが、ぽぷらがその度に魔力を注ぎ込むので、剣の大きさは変わらない。 「そっちが最強の矛と盾なら」 「こっちは最大の剣と大砲だよ!」 周辺の空間に漂う魔力の残滓が、レイジングハートの先端に集中する。まるで星の光を集めているようだった。暴発寸前まで集められた魔力が、凶悪な光を放つ。 「集束砲撃!?」 「フェイトちゃん、逃げて!」 小鳥遊が渾身の力でわずかに剣を持ち上げ、フェイトが動ける隙間を作る。 「でも、小鳥遊さんが……」 「いいから! 勝って、全てのジュエルシードを手に入れるんだ!」 フェイトが意を決して隙間から這い出す。 「スターライトブレイカァァー!!」 圧倒的な光が瀑布のように降り注ぐ。光は小鳥遊ごとビルをぶち抜き、巨大な爆発を引き起こした。いかに魔王小鳥遊でも、耐えられる威力ではない。爆発が収まった後には、変身が解除された小鳥遊が海面を漂っていた。 「やった……!」 集束砲撃は負担が大きく、なのはの呼吸は激しく乱れていた。 「回避しろ!」 佐藤からの警告。なのはは体をひねるが、迸る電光が肩を直撃する。 「なのはちゃん!」 「後はお願い」 なのはが肩を押さえながら落下していく。撃墜はされていないが、しばらくは動けないだろう。 ぽぷらが空中でフェイトと相対する。ぽぷらは普段の半分のサイズまで縮んでいた。 「佐藤さん、なのはちゃんが回復するまで時間稼ぎできると思う?」 「無理だな。その前に撃墜される」 「なら、一気に決めるしかないね」 フェイトとて、度重なる魔法の行使で疲れているはずだ。勝機はある。 「ポプライザーソード!」 ぽぷらの枝から長大な魔力剣が伸びる。ぽぷらの背がさらに半分に縮む。 「くっ!」 フェイトは魔力剣を回避するが、剣はどこまでも執拗にフェイトを追いかけてくる。苦し紛れのフォトンランサーを、ぽぷらは剣で切り払う。 「無駄だ。俺の予知からは逃げられん」 佐藤が時折、フェイトの進行方向に先回りして剣を動かす。 「もらった!」 剣が完全にフェイトを捉える。ぽぷらが横一文字に剣を振り抜く。 「佐藤さん、私、勝ったよ!」 「ぽぷら」 佐藤は喜びもせず、剣の先を見つめていた。ぽぷらも視線の先を追った。 剣の先に黒い染みができている。染みの正体に気がつき、ぽぷらの顔から血の気が失せた。 足元にバリアを張り、剣の上にフェイトが乗っていた。チェーンバインドを応用して、自分と剣を光の鎖でつないでいる。まるで神話の、岩に鎖で繋がれたアンドロメダ王女のようだった。ただし、このアンドロメダ王女は怪物を倒す力を秘めている。 「きゃー! 離れてー!」 ぽぷらが剣を振りまわすたびに、鎖がちぎれ、足元のバリアがひび割れていく。それでもフェイトは冷静だった。 『Get Set』 「これなら絶対に外さない」 バルディッシュがグレイヴフォームへと形を変える。バルディッシュも鎖で剣に固定され、まっすぐぽぷらを狙っていた。ポプライザーソードを使っている間、ぽぷらは移動できない。 「剣を消せ!」 「もう遅い」 佐藤の叫びと、スパークスマッシャーの発射はまったく同時だった。 ぽぷらが回避の指示を仰ぐべく佐藤を見る。佐藤はきっぱりと言った。 「すまん。詰んだ」 「さとーさーん!」 ぽぷらと佐藤を稲妻が貫く。 変身が解除された二人が海面へと落下していく。魔法の使い過ぎで手の平サイズのままの二人を、ユーノが空中でキャッチする。 フェイトは安心したように息を吐いた。 「フェイトちゃん」 「そっか。まだ終わってなかったね」 休憩する間もなく、ぼろぼろになったなのはがゆっくりと上昇してくる。フェイトも三つの魔法を同時使用したことでかなり消耗していた。 「なのは、やっぱり私たち友達にならなければよかったね」 フェイトは苦しそうに顔を歪めていた。 「フェイトちゃん、そんな悲しいこと言わないで」 「だって、友達になっていなければ、こんなに辛い思いをしなくてすんだ」 傷ついた小鳥遊をアルフが介抱している。佐藤とぽぷらは、まだ意識を取り戻していない。 小鳥遊はもちろんだが、佐藤やぽぷらもワグナリアにいる間、仕事に不慣れなフェイトによくしてくれた。 誰を傷つけても、誰が倒れても、心がきしみ悲鳴を上げる。こうなることはわかっていたはずなのに、優しい誘惑にフェイトは勝てなかった。 「フェイトちゃん、今がどんなに辛くても、楽しかった時間まで否定しないで。例え結果がどうなろうと、私はワグナリアで過ごした時間を絶対に忘れない」 「そうだね、なのは。私も忘れられないよ。でも、私は母さんの為にジュエルシードを集めるって……そう決めたから!」 フェイトは涙を振り払い、バルディッシュを構える。 その時、膨大な魔力反応が空を覆った。 「母さん!?」 フェイトとなのはを紫の稲妻が襲う。 「なのは!」 「フェイト!」 ユーノがなのはを、アルフがフェイトを受け止める。 その隙に十個のジュエルシードが雲間へと飛んでいく。 「宗太さん」 フェイトが朦朧とした意識で手を延ばす。 ジュエルシードと一緒に、小鳥遊も雲の向こうへと消えていった。 小鳥遊が目を覚ますと、部屋の奥でプレシアが椅子に座っていた。隣の台座には、十個のジュエルシードが置かれている。どうやら時の庭園に運ばれたようだ。 「やはり一度に空間転移させるのは、これが限界か」 プレシアは激しく咳き込む。口を押さえていた手には、べったりと血が付着している。 「お前……」 「時間がないって言ったでしょう。こういうことよ」 プレシアは病魔に侵され、余命いくばくもない状態だった。 「それにしても情けないわね。すぐにジュエルシードを集めるって言っておきながら、この程度なの?」 「フェイトちゃんはまだ負けてなかった。どうして横槍を入れたんだ」 「もう必要なくなったからよ。あの子も、全てのジュエルシードも」 ようやく悲願達成の確信を得られたと、プレシアはいつになく上機嫌だった。 「どういう意味だ?」 「いいわ。全部教えてあげましょう」 プレシアは椅子の右手側にある扉を開けた。液体に満たされたポッドが並ぶ通路の中央で、フェイトに瓜二つの女の子が入ったポッドが鎮座していた。 「あれが私の本当の娘、アリシアよ」 ポッドの中の少女はフェイトより少し幼いようだった。小鳥遊は息をのむ。 かつて優秀な魔導師だったプレシアは事故で一人娘を失った。その後、人造生命の研究、プロジェクト・フェイトを利用して娘を蘇らせようとしたが、計画は失敗し娘の紛い物しか作ることができなかった。それがフェイトだ。 「アリシアを蘇らせるには、失われた技術の眠る世界、アルハザードに行くしかない。その為には二十一個のジュエルシードが必要だった。でも、これだけあれば、もう充分」 小鳥遊の肉体と精神はジュエルシードと相性がいい。小鳥遊を媒介に十個のジュエルシードとこの時の庭園の駆動炉の力を結集させれば、数の不足分を補い、より確実に次元の狭間にアルハザードへの道を作れるはずだ。 小鳥遊はプレシアを睨みつけた。 「一つ教えてくれ。お前はフェイトちゃんをどう思ってるんだ?」 「ただの人形よ。目的を果たした今となっては、もう用済み。必要ないわ」 「あの子は母親のあんたの為に、あんなに頑張っていたんだぞ。それに対する感謝は、愛情は、あんたにはないのか!」 小鳥遊の怒りを、プレシアは涼風のように平然と受け流す。 「もし愛してるなら、あなたみたいな変態に近づけると思う? そうね。あの子を餌に、あなたの研究が出来た。そこだけは褒めてあげてもいいわ」 プレシアは明後日の方向を見上げた。小鳥遊以外の誰かに聞かせるようにはっきりと告げる。 「あなたはアリシアとは似ても似つかない偽物。私は、そんなあなたが大嫌いだったわ。ねえ、聞いているんでしょ、フェイト?」 プレシアの放った魔法から、時の庭園の場所はすでにアースラに察知されていた。プレシアと小鳥遊の会話を、アースラブリッジでなのはとフェイトは聞いてしまっていた。 小鳥遊は怒りに体を震わせる。 「……俺は年増が嫌いだ。年増なんてみんなわがままで自己中で……。でも、あんたはその中でも最悪の年増みたいだな」 小鳥遊が走り、台座の上のジュエルシードを一つ奪い取る。 「あんたはこの手で倒す。小さくしてフェイトちゃんに謝らせてやる」 黒いマントがひるがえり、魔王小鳥遊へと変身する。怒りで全身に活力がみなぎってくる。 「この場所に運んだのは失敗だったな。狭い空間でなら、俺は無敵だ」 「無敵? いいえ、あなたは弱い。あなたほど弱い魔法使いを私は他に知らないわ」 プレシアは杖を投げ捨てると、小鳥遊めがけて走る。 大きく腕を振り上げ、プレシアが小鳥遊の顔面を殴る。今の小鳥遊にしてみれば、クッションの上から叩かれているようなもので、痛くも痒くもない。 「どうして今私に魔法を撃たなかったの?」 プレシアが口元を楽しげに歪める。走り寄る間に、いつでも攻撃できたはずだ。 「あなた、女に攻撃されると無抵抗に受ける癖があるでしょう。過去によっぽど女に酷い目に遭わされたのかしら?」 これまでの戦いで小鳥遊が攻撃を避けたのは、クロノを相手にした時だけ。魔法で攻撃された時は小さくして威力を軽減しているが、伊波やアルフのような直接攻撃はまったく無防備で受け止めている。 幼い頃、小鳥遊は梢の技の実験台にされていた。たまに反撃すると三倍になって返ってきた為、黙って受けるのが習慣になっていた。 女が小鳥遊の魔法を防ぐのにバリアなどいらない。ただ拳を繰り出せばいいのだ。 「そして」 プレシアの手が小鳥遊の腹部に当てられる。次の瞬間、激痛と激しい嘔吐感が小鳥遊を襲い、たまらず地面に膝をつく。 「どんなに肉体を強化したって、内臓が鋼になるわけじゃない」 プレシアは小鳥遊の体内に直接強い振動を送り込んだのだ。激しい揺れに胃の内容物が食道をせり上がり、心臓は鼓動を乱されて激しい痛みを引き起こしていた。 「ほらね。あなたはこんなにも弱い」 プレシアが地に這いつくばる小鳥遊を蔑む。 「……俺は、俺は、負けられないんだぁぁああああああ!」 小鳥遊が気力を振り絞り、右腕を突き出す。それよりわずかに早くプレシアが小鳥遊の額に手を当てた。 「お休みなさい、魔王小鳥遊。もう目覚めることはないでしょうけど」 振動が脳を激しく揺さぶる。脳を揺さぶられて、意識を保っていられる人間などいない。気合も根性も何の意味も持たない。 (ごめん、フェイトちゃん。俺、何もできなかった) 悔しさに小鳥遊は歯がみする。しかし、どうすることも出来ず、小鳥遊の意識は闇の底へと沈んでいった。 目次へ 次へ
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第13話 「私の聞いた情報だと、あの中にいるという話です」 ミス・ロングヒルが廃屋を指差して言った。 廃屋は、誰もいない様子だ 「誰が、あの廃屋を見てくるの?」 「俺が行く」 「「えっ?」」 「…」 「誰もいないようだし、何かあったら錬金術でなんとかするから」 エドはそう言うと、廃屋の中に入っていった ―数分後― 「エドは大丈夫かしら…」 ルイズがそう呟いた時、エドが廃屋から出てきた。その手には、何かを持っている 「「破壊の杖!」」 ルイズとキュルケは、エドが持ってきた物を見てそう言った 「なっ!?これが『破壊の杖』なのか??」 「そうよ。私、宝物庫で見たことあるわ」 キュルケがそう言った時 「…来た」 タバサがそう言ってきた 「ゴーレム!」 ルイズが叫んだ。タバサがゴーレムに向かって呪文を唱えた。しかし、ゴーレムはびくともしない。 キュルケも得意の炎の魔法をくりだした。ゴーレムは炎に包まれたが、まったく効いていない 「無理よこんなの!」 キュルケが叫んだ 「退却」 タバサが呟く その時、ゴーレムの背後にいたルイズが魔法を唱えた。ゴーレムの表面で何かが弾けた 「どけ!ルイズ!!」 エドがルイズの周りの土を錬成し、ルイズの視界は、またしても壁に遮られた 「よくもこの前は、バカにしてくれたな!」 パンッ! エドは再度両手を叩き、地面に手をついた エドが地面を槍に変えて、フーケのゴーレムに襲いかかった ドドド! ゴーレムに槍が…刺さらなかった。 ゴーレムの表面が滑らかなものに変わっていた。フーケが練金で、ゴーレムの表面を鋼に変えたのだった 「だめ…通用しない…」 ルイズが力無く言った 「へっ!ここからが本番だ!」 パンッ! エドが更に、槍を錬成した。槍が粘着質なものに変わった。ゴーレムの動きが大幅に制限された 「すご…」 「…」 キュルケとタバサは、エドの戦いを見ていた 「ルイズ!『破壊の杖』をこっちに!!」 「えっ?…え、えぇ」 パンッ! エドが、『破壊の杖』と自らの右手を錬成してくっつけた。 「キュルケ!タバサ!離れていろ!!」 エドは自らの右手と破壊の杖をくっつけ、それを発射した。 見事な弾道を描きながら弾丸がゴーレムに吸い込まれていき、ゴーレムの上半身を吹き飛ばした。 ドッカーン!! 下半身だけになったゴーレムは、瞬く間に崩れ落ち、ただの土くれに変わった 「やったわね、エド!」 「さすが私のダーリンだわ!」 「…すごい」 三人は、エドの元に集まった 「いや…別に」 「フーケはどこ?」 唐突にルイズが尋ねた その時、茂みからミス・ロングヒルが姿を表した 「フーケは!フーケはいましたか?」 キュルケが尋ねたが、しかし、ミス・ロングヒルは首を横に振った (なんでコイツがこの世界に?…)